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清濁あわせのむ

7月6日(土) 制末大攝心・2日目

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<正伝庵の蓮>

 管長様が提唱されたことをまとめてみました。


 私たちの心は大海のように限りがなく広く深いものであると

古人は言っています。そして深い深い池のように静まりかえったもので

あります。


 それなのに私たちは普段、嫌なものを見たり嫌な人に会ったりすると

自分の心がかき乱される、けがされると思いこんでいます。はたして

本当にそうなのでしょうか?


 私たちの心は大海のように広く深いものであるから、少々のことで

濁ったり清らかになることはありはしません。清きもけがれも共に

合わせのみこむような広さと深さを持っているのが本来の私たちの

心です。


 清濁やどうしようもないものまで、みんな認めて許し受け入れることの

できる広い心が本来持って生まれた心です。


 ですから「あいつは立派だからいい、あいつはどうしようもないからいっしょに

いたくない」と自分の狭い了見で人を区別し差別し、隔てる心を持つことは

恥ずべきことです。


 そのような人を隔てる心を捨てるのが本当の修行であります。


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