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10月25日(木) 入制大攝心6日目


 管長様が僧堂攝心で提唱されたことをまとめてみました。


 どんな川も最後は海に流れ入り一つになるように

迷いや悟り、自分や他人、人も木も鳥も獣に至るまで

みんな仏心の海で1つになるという世界を表しているのが

一円相であります。


 己を無にするといいますが、「無」という字を辞書で調べて

みると、もちろん、「ものがない」と言う意味がありますが、その

他に「豊か」という意味があります。草木が豊かに茂っていること

いう意味があるのです。


 私達の修行は、己を無にするのと同事に「何と豊かなものに

満ちあふれていることか」とこう気づくことであります。


 (円覚寺・前管長様の)栽松老師は、よく一円相を書いてその下に

「おかげさま いっぱい」とお書きになっていました。

 
 栽松老師は、あえて「仏心」と言葉をお使いになりませんでした。

それは、「仏心」という言葉が頻繁に使われていた為に「仏心」と

いうものが何かよそに別にあるもののように思いこんでしまいがち

になるということからでした。


 ですから、「仏心」という言葉を使わずに、もっと身近に感じて

もらえるような言葉である「さまざまなご縁」や「おかげさま」と

いう言葉でご教化をされました。


 この一円相や「無」というのは、単に何にもないのということでは

はありません。実に豊かに満ちあふれているものなのです。


 我という 小さな心を 捨ててみて

  大千世界に みつるいのちよ


 過去久遠劫の遠い昔より生き通しのいのちであります。

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「十牛図」 忘牛存人

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人牛倶忘







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