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提唱 5月摂心初日

     5月20日(木)   摂心初日


   老師が提唱されたことを私なりにまとめてみました。


 今日の新聞の川柳に


 無の境地 何の楽しみ あるのだろう

 という句があったが


 何にもなくなったところに徹したら

 何にあっても ありがたく

        楽しく

        うれしくなる

  たった一杯のお茶にも「ああ ありがたい」と

  感謝せずにはいられない。


  世間では 知っていることは金のごとく

  何にもしらないことは糞のごとしというが


  ある禅僧は 知っていることは糞のごとく

  何にも知らないことこそ金のごとしとおっしゃた。


  へたに 知り 学び 体験すると

  そこから 身のひいき 我が儘がでてくる。


  かえって 何にも知らなかった初心の時の心のほうが

  仏様のこころに近い。


  生きることは 苦しみである

  生きていれば 千も万もの手に打ちのめされる日が

  くるかもしれない。


  しかし それに「耐え忍ぶ」 それしかない


  平等一枚(無字一枚) 何にもなくなったところに

  どこまで深く入っていけるか?


  なんにもなくなったところ そこが森羅万象あらわれるところ

  もともとなんにもないと思えば なんにあっても

  ありがたい うれしい たのしいの

  気持ちが自然と湧いてくる。

   

  
  

        
      
 

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