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一劇の芝居

4月15日(日)


 管長様が土日坐禅会で提唱されたことをまとめてみました。


 人が生きることは、一つの芝居であります。

(それぞれが、それぞれの役を演じているのであります。)

何においても私達の仏心・仏性がどういう役をやろうとも

減ることはないのであります。

 
 失敗した、うまくいかなかったと落ち込んだとしても、

それはそういう一つの役柄のつもりでおれば、

それほどのことはないと見ることはできないだろうか。


 人は仏心・仏性の一劇の芝居を一生の間演じるんで

あります。主役をやったり脇役をやったり、良い役であったり

悪役であったり・・・。

(八百屋さんであったり、主婦であったり、お父さんなど

めいめいが様々な場面で演じているのであります。)


 良い役しかできない、時には悪役もできなければ

さみしいではありませんか。(主役になったり、脇役に

なったり、その場その場で自由自在に入れ替わる

ことができればおもしろい。)


 (時代劇でいうなら)斬られる方も見事にできる。

斬られる役になったからといってその人の仏心・

仏性がかげることは全くなく見事に演じきれば

逆に一段と輝かせることもできるのです。


 何事も仏心・仏性の一劇の芝居であります。

blog-P4150485.jpg

射干(しゃが)、別名胡蝶蘭でしす。<黄梅院>

円覚寺山内のあちこちに咲いてきました。

blog-P4150487.jpg

こちらは、浦島草。よく見ると花の先端から

ニョキニョキと釣り糸状のものが見えますね。

 これを浦島太郎が持っている釣り竿の釣り糸

に見立てたことから「浦島草」とされているとのこと。

植物も役柄は様々です!

 

 

コメント

No title

日本書紀や丹後風土記などの古い説話では、浦(の)島子が舟釣りをしていて大亀を釣り上げたところ、亀が仙女となって浦島子を(竜宮ではなく)蓬莱山に連れて行き、そこで夫婦となるようです(助けた亀に連れられて...というのは明治時代の子供向きの改作とのこと)。(亀を)釣る浦島、というイメージが昔は定着していたからこその花の名前かも知れませんね。(管長様のお話と関係のない部分へのコメントですみません)

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