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生きろ!

8月14日(日)その3


 管長様が日曜説教会で提唱されたことをまとめてみました。


 相田みつをさんは、実のお兄さんお二人を20代で戦争によって

亡くされています。そのようなたいへんな体験をなさってそこから

出てきたのが次の詩であります。

「身近な人の死に逢うたびに 私は人間の命のはかなさに

ガクゼンとします。この世に生きている尊さを骨身にしみて

感じる時 私には仕事への闘志が湧いてきます。」

 残された自分がこれからどう生きなくてはいけないか?

これがその後の相田さんのご活躍の根本となっているのでは

ないかと思います。


 被災地の名取市で鎮魂のため灯籠流しが行われるにあたって

実行委員の方が地元の書家にその灯籠に書く字をお願いしたそうです。

 その書家は何という字を書いたかというと「生きろ」という文字

だったそうです。これには、私もたいへん胸を打たれました。

いろいろと亡くなった人の事を思うと思いは尽きないのでありますが、

残されたものは生きなければならない!という強い思いを感じる

短い言葉であります。少しでも力一杯、精一杯明るく生きることが

亡くなった方への一番のご供養であります。その心を持っていれば

本当はどこであってもご供養はできるものであります。

 松原泰道先生がお盆の時タクシーに乗ったところ、若い運転手さんが

先生にこう嘆かれたそうです。「自分は最近母を亡くしたけれども

自分自身仕事の都合でお墓参りもできない。」それに対して先生は

「それはあなたが事故を起こさない、無事故で立派にタクシー運転手を

務めることがお母さんへの一番のご供養になりますよ。」と答え

られたそうです。どこにいても、自分のなすべきことを明るく

精一杯していれば、必ずお母さんに通じるものであります。

そしてそれが亡きお母さんへの一番の供養であります。

(後記)

  管長様は、9時から日曜説教をされ11時から黄梅院での

 盂蘭盆会塔婆供養の法要に出られ、午後からお檀家さんの

 家にお盆のお経を上げに行かれました。

 本当にお疲れ様でした。






コメント

強い言葉

初めは、助かったことに感謝します。少しして厳しい現実に 打ちのめされます。
また少しして 大変な状況で生きていくことを模索し始めます。また少しして
かすかな光の方向に 導かれるように 進み、 生きる 力 を 少しずつ
感じだし、 生きることが 生まれたことと。 生まれると生きる 同じ字ですね。
きっと そういうことなんです、多分。

いつも優しい言葉をかけるだけではなく、時に 強く自信をもてるような 言葉も
必要なんです。 それは きつい 言葉 ではなく 強い 言葉 となって どこかに
おびえて潜んでいた 生きる力が 動きだすような そんな 言葉。

管長さんのお話に感謝。

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