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正受老人とオオカミ

 5月27日(金)


 管長様が先日の僧堂攝心で提唱されたことをまとめてみました。

白隠禅師の師、正受老人が住んでいた飯山の村である一人の者が

オオカミの子どもを拾ってきて飼っていたが、それが自分の犬に

かみ殺されてしまった。それからというもの、夜になるとオオカミが

群れをなして村におりてきては、子どもを殺された復讐か、家の

垣根を破り、壁をうがち人間の子どもまで殺す事態になってしまった。

人々は、大いにおそれ憂えて、夕方になると門を閉ざして外に出ない。

 そんな中、当時60歳くらいの正受老人は、その話を聞いて、オオカミが

多く出没する墓地で、七日七晩明け方まで夜を徹して坐禅をしました。

 のちに正受老人が人々に語ったことによると、夜中に坐禅をしていると、

オオカミが老人ののどの辺りをクンクン、耳の辺りに息を吹きかける。

老人は「この時こそ、わが正念工夫相続を試みるための絶好の機会なり!」

と坐禅をした。もし、一念たりといえども「恐ろしい」「怖い」息を

吹きかけられて「いやだな」という思いが起きていたら、オオカミは

のど元を食いちぎっていただろう。七日間夜坐り抜いて、オオカミは

とうとう村におりてこなくなりました。

 それでは、何ものがオオカミをこさせないようにしたのでしょうか?

中国のある禪僧のお話があります。ある雲水がその禪僧に「老師には

侍者(お付きの者)はいませんか?」と尋ねた。そうすると、その禪僧は

「だいくう!しょうくう!」と呼んだ。すると2匹の虎があらわれた。

雲水は「あなたはどうしてこんな虎を侍者につかうことができるのですか?」と

訊いた。禪僧は「私は常に観音様を念じているからだ。」と答えた。

 観音様は慈悲の心で人々はもちろん、人ばかりではないあらゆるものを

いくつしみ、救っていこうというとなさる。動物であろうが、オオカミであろうが

一切の差別をせず、常にこの慈悲の心、それ以外の念を起こしていない。

この慈悲の一念になりきっているところ、それ以外の余念を一切

まじえないところには、どんなオオカミも手を出すことができないのだ!


blog-P5270048.jpg

 正受老人がオオカミに囲まれて坐禅をしている姿。


 

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