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碧巌録55則

 4月17日(日)


 老師が土日坐禅会で提唱されたことをまとめてみました。


 新聞に新井満さんの「祈り」という記事がありました。

大震災起こって間もない頃、新聞社が新井さんに被災者の

励ましになるような詩をつくってくださいと頼まれたそうです。

 それに対して新井さんは、「被災者は、今悲しみのどん底にいる。

私にはかける言葉はありません。詩は無力です。私にできることは、

彼らと手を取り合って泣くことだけです。」と静かにたしなめられた

そうです。

 それから1ヶ月たって、4月11日電話をかけると、新井さんは「今朝詩が

できました。」とおっしゃいました。

 「そろそろ、言葉の力が必要な時期がやってくるのではないかと

思っていた。一番苦しい時に人の心を癒すのは、大自然の美しさと

その感動ではないか。だからこそ、^希望^という心のパン、

詩は命を救う心のパンである。」


 「雲の上の青い空」(新井満さん作)


 苦しいとき 悲しいとき  

 あまりにつらくてくじけそうになったとき

 ぼくは ふと立ち止まり 空を見上げる

 そして 灰色の雲の上にひろがる真っ青な空を思う

 ゆうゆうとふきわたる風を思う  

 4月11日


コメント

No title

壁にぶち当たったとき、悩み事が頭から離れないとき
空を見上げたり道端の花をみると、ふと心が和らぐのを感じます。

「生ともまた道わじ、死ともまた道わじ」
第五十五則の中の言葉ですが、頭で生きていると
生きることが【生きる】という言葉となり、
現実にある実感からどんどん離れていくように感じます。

ゆうゆうとふきわたる空の上の風のように
大きく広くゆうゆうと生(なま)の現実に息づきたいものです。

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