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3月30日(土)


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<居士林の禅堂内>

 今日の土曜坐禅会は、初心者の部88名、2部51名でした。

皆様、ご参加いただき誠に有り難うございました。




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3月29日(金)


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 舞い落ちる桜の花弁を子どもたちが一枚でも多くつかもうと無邪気に

ジャンプしていました。

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龍隠庵から山門をのぞむ。桜はまだまだ健在です。

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黄梅院参道脇の雲南黄梅。

(後記)

 明日は2週間ぶりの土曜坐禅会です。皆様のご参加を

お待ちしております。

山桜

3月28日(木)


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山桜、きれいですね。妙香池からの風景。

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崖際の山桜とたなびく白い雲。

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黄梅院山門と山吹。枝もたわわに花を咲かせています。

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山門入ってすぐ。石畳の参道と山の稜線。

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モミジも新芽が出てきました。

 花が咲いてはいつの間にか散っている、変化の多い時期ですね。

3月27日(水)


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 今朝の仏殿での暁天坐禅会は、18名(うち初めての方が6人)

が参加をされました。有り難うございました。

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しとしとと降る雨の中、桜は満開です。

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<黄梅院>

大山登山

3月26日(火)


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 今日は、管長様と円覚寺僧堂の雲水さん14名は、神奈川県大山に

登山に行かれたとのことです。管長様が現地から写真を送ってきて

くださいました。

blog-大山登山道

標高1250メートル、添付写真のようにかなり険しい山を登る

一種の行でもあります。

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 おにぎりを持って地下足袋を履いて山頂に登り、山頂では、他の登山客の方から

「皆さんの登山姿を見ていると心洗われる」と言うかたもいらっしゃたそうです。


(後記)

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「花まつり」のポスターが出来上がりました。

管長様揮毫。デザインはTさん。

 どなたでも参加できます。皆様、お誘い合わせの上

円覚寺にお越し下さいますように。








3月25日(月)


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朝からの雨にもかかわらず、桜は満開です。

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妙香池に初めてお目にかかる来訪者。うでしょうか。

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山吹 <黄梅院>

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 黄梅院の山では、山桜が見頃です。散り始めると黄梅院を包む谷に

桜吹雪が舞い落ちる光景が見られます。

(後記)

今日は、午前中、居士林で合気道(関係者)坐禅会でした。

腰骨カウンセリング

3月24日(日) 学生大攝心・最終日


 管長様が本日の学生大攝心で提唱されたことをまとめてみました。


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 腰を立てると書いて「立腰(りつよう)」という言葉があります。

一生涯を教育に捧げた森信三先生という方が「立腰」ということを

熱心に提唱されました。


 森先生は「21世紀の教育に何が一番大切か?」と訊かれたならば

「まず第一に腰を立てることである、自分の子どもに腰を立てることを

教えることができたならば、もうそれ以上のことはない」とお答えに

なったそうです。


 「教育現場では、いろんな知識をたくさん教えるが、腰を立てること、

大きな声で元気にあいさつをすること、はきものをそろえること、

そう言うことが一番大事である」と森先生はお唱えになりました。


 その森先生の他の言葉に「いかにささいなことであっても、人間何か

人の為に尽くすことによって本当の意味で生きることになるのである」

と言うものがあります。


 腰を立てるということと人の為に尽くすということは、一つにつながらない

かもしれません。しかし、決してそうではありません。いつも腰を立ててお腹に

力を込めることが大きな力となるのです。


 この学生坐禅会に長く通って、今、学校で児童カウンセリングをやっている青年

がいます。いつだか彼から次のことをききました。彼は、いじめにあって不登校の

小学校の子どものカウンセリングを担当している。カウンセリングというのは、

何をすべきと「あーしろこーしろ」と言うのではなく、とにかく相手の話を

聞いてあげることだそうです。


 その青年は、円覚寺で坐禅をしているものですから普段から無意識のうちに

腰を立てて相手と向き合い相手の話を聞いています。頭に血を上すのではなく

腰を立てておなかに力を込めてゆったりと相手の話を聞く。そうすると相手も

自然と話やすくなる。


 そういう風にその子どもに接していたら、ある時にその子が次のように

言ったそうです。「先生はいつも姿勢がいい。先生を見ていると気持ちが良い。

ぼくも先生のまねをしたい」と。


 そして、その子はカウンセリングの間、青年と同じように腰を立てて話を

するようになった。腰を立てるようになってしばらくすると自然と学校に

行くようになり、そしていじめられなくなったそうです。


 腰を立てるというただそれだけのことですが、そうすることによって、

その人、その子どもの本来持っている素晴らしい心というものが自然と

はたらいてくる。


 「姿勢と正せ!」と他人にガミガミ言うのではなく、まず自分が腰を立てて

おなかに力を込めてゆったりとした気持ちでおれば、それだけでその人に

接する人も変わってくるものです。

(後記)

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おかげさまで、平成25年度春季学生大攝心、無事に終了することができました。

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ご参加下さいました皆様、2泊3日、本当にお疲れ様でした。

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 誠に有り難うございました。

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 この学生大攝心の運営に陰に日向にお手伝いいただいた雲水さん、早稲田大のCさん

有り難うございました。

 

 





 
 


 

春季学生大攝心の風景

3月23日(土) お彼岸最終日


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 学生大攝心2日目は、僧堂(専門修行道場)にて、管長様に「延命十句観音経」の

提唱をしていただきました。

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法鼓(ほっく)出頭。太鼓のビートの中で、管長様の入場です。

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僧堂・宿龍殿にて。

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 今回、管長様が作詞された「延命十句観音和讃」を皆さんとともに

初めて唱和をしました。

桜と学生大攝心

3月22日(金) お彼岸6日目


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 円覚寺では、この週末が桜のピークだろうと思います。

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 皆様、1年に1回のこの絶景、お見逃しなく!

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 今晩から居士林で、春季学生大攝心(2泊3日の坐禅会)が始まりました。

男性32名、女性12名、計44名がご参加くださいました。

(後記)

 今日は日中、円覚寺境内・妙香池の前で「ビブリヤ古書堂の事件手帖」のTV撮影を

していました。近いうちに放映されるそうです。




托鉢と桜

3月21日(木) お彼岸4日目

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 今日、円覚寺僧堂(専門修行道場)は托鉢です。

出発前の挨拶の様子。

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いざ、出陣!

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 今日の托鉢の押手(一番後方)は、管長様です。托鉢をはじめて

かれこれ、27年の大ベテランです。

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桜咲く参道を雁行。

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帰山風景。

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 さて、円覚寺の桜ですが、総門付近の日当たりの良い場所では8部咲き位、

それより奥では、5部くらいです。

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 今週末あたりが、一番の見頃になると思います。

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 皆様、ぜひ、円覚寺にお越し下さいますように。

(後記)

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 円覚寺山内の和尚さんとその娘さんです。これからパパとお買い物です。

にこっと笑ってくれました!

 さて、明日の夕方から居士林におきまして平成25年春季学生大攝心

(2泊3日の坐禅会)が始まります。日中は暖かくなって来たとはいえ

朝晩はまだだいぶ冷え込みますので、余分に着るものを持ってくる

などして、体調を崩さぬように十分に気をつけてくださいますように。

お彼岸中日

3月20日(水)


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レンギョウ <黄梅院>

 今日は、お彼岸の中日ということで、黄梅院では朝から夕方まで、

総勢34名の檀家さんがお墓参りにご来山されました。

 黄梅院の住職でもあられる管長様が一日、お檀家さんの応対を

なさいました。

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ユキヤナギ <黄梅院>

 

お彼岸3日目

3月19日(火)


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立金花 <黄梅院>

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イワヤツデ <黄梅院>

 今日でお彼岸も3日目、明日は中日となります。

3月18日(月) お彼岸2日目


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仏日庵さんのモクレンが2~3日前から開花し出しました。

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 「花発(ひら)いて風雨多し」春の嵐の一日になりました。

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総門前、シーちゃん。

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ネコにも花粉症があるんでしょうか。目のあたりが気になります。

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<方丈・柏槇(びゃくしん)>



一つにとけ合ったところ

3月17日(日) お彼岸入り


 管長様が今日の土日坐禅会で提唱されたことをまとめてみました。


 「山は築かずして高く 川は掘らずして深し」という言葉があります。

私たち人間がいくら土をもったところで山を築くことはできないし、いくら

深い穴を掘ったところで海の深さに及ぶものではない。


 山は自然と高く、海は自然と水をたたえている。これこそ、仏心の姿です。

何も作りごとはありはしない。


 ところが無心の坐禅だなんだと言って、無心になろうなろうとして

それが、分別・妄想の土で山を築くようなものだということに気づかずに

いる人が多くいる。観念、妄想をふくらますのではなく、それら一切の

作りごとをやめればいいのです。


 禅ではよく「成り切れ!」とよく言います。これも、成り切ろう、成り切ろうと

して自分で作りごとをすれば、逆に遠ざかる。物事を分かろう、分かろうとするのも

これまた、同じです。


 それよりも、私たち人間の「成り切ろう」なんていう浅はかなはからいを捨てて、

春になれば大自然の中で、春風の中ゆったりと花ととけ合うことです。大自然に

身をなげうって一つになったところです。また、人生の最期は、月の満ち欠けの

はたらきで自然と息をひきとることです。


 仏心とはいかなるものか?お日様が出て、風が吹く、子供が生まれる、人が死んでいく

これみな仏心の姿です。みないちいちが仏心の光明です。照らされるばかりでなく、

みんなそれぞれ仏心の光をあい放って一つにとけ合っているところを仏心の光明と

いうのです。

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いのちを賜ったものは・・・

3月16日(土) その2



 管長様が今日の土曜坐禅会で提唱されたことをまとめてみました。


 仏とはいったい何であるか?これは、決して私たちより遠く離れたものではない。

この広い大自然の中でいのちを賜ったものはみな仏である。大自然のいのちそのものが

みな仏であります。


 仏心の中で生まれる、仏のいのちの中で私たちはこのいのちをいただいている。

仏様も私たち人間も、その辺を歩いている動物もみんな同じ、仏の子である。

仏のいのちをいただいている。


 限りなき 仏のいのち 今ここに

     この一息に 生きておるなり

 
 限りない仏のいのちが今ここに、私のこの一呼吸に生きているんだという

歌を以前に作りました。


 このことが本当にわかると私たちは決して争うことも憎しみ合うことも

しなくなるはずです。みんないのちのもとは一つ。そしてみんな幸せを祈る

心も安らかを祈る心も一つのはずです。


 大自然の中でいのちを賜ったものはみな仏です。この大自然のいのちそのものが

仏です。仏様と言おうが我々人間と言おうが犬と言おうがみんな平等のいのちを

生きているのです。

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(後記)

 今日の土曜坐禅会は、初心者の部73名、2部53名の方々が

ご参加くださいました。誠に有り難うございました。

北鎌倉幼稚園卒園式

3月16日(土)


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 今日は、午前中、円覚寺・大方丈で行われた北鎌倉幼稚園卒園式の撮影に

行って参りました。

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入場を待つ卒園児。

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延命十句観音経などを唱和。

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園長先生のお話。

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管長様による修了証書授与。

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管長様のお話。

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卒園児退場のあいさつ。

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管長様が卒園児全員に贈られた色紙です。

(後記)

 ご両親や幼稚園の先生方がしきりに涙をこらえているお顔を拝見している

とそれまでのご苦労など様々な思いが伝わってきて、こちらももらい泣き

してしまいそうでした。ご卒業おめでとうございます。


マスコットくん

3月15日(金)


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 啓蟄(けいちつ)を過ぎて、円覚寺境内にもカエルさんやら虫さんやらが

ちらほらと見かけられるようになりました。こちらは、水仙についていた

なんとも不思議な姿の毛虫さんです。<黄梅院>

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 こちらも、不思議な光景です。椿と蝉の抜け殻のコラボ(共演)。

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円覚寺山内・仏日庵さんのモクレンもあと少しで開花のようです。

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紫陽花(あじさい)の若葉。「春は枝頭の在って已に十分」ですね。

(後記)

 明日の土曜坐禅会2部では、管長様に無門関提唱(黄竜三関)を

していただく予定です。皆様のご参加をお待ちしております。

土曜坐禅会 提唱と休会

3月14日(木)


 明後日の土曜坐禅会2部では、管長様に無門関提唱をしていただく

予定となっております。

 また、次週23日の土曜坐禅会は、春季学生大攝心の為、

休会となります。

 宜しくお願い致します。

居士林主事 合掌

(後記)

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三椏(みつまた)です。<黄梅院>

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 気候が暖かになり、次から次へと花が開いてきてます。

楽しみな季節の到来です。

延命十句観音和讃

3月13日(水)


 管長様が、延命十句観音経の意訳を使って和讃を作ってくださいました。


 和讃(わさん)というのは、仏・菩薩、祖師・先人の徳、経典・教義などに対して和語を

用いてほめたたえる讃歌で、七五調の形式の句を連ねて作られています。


 われわれ臨済宗では、「白隠禅師坐禅和讃」をよくお唱えしますが、これで

「延命十句観音和讃」も木魚のリズムの中で、皆さんといっしょにお唱えできる

ようになります。


{延命十句観音経} (3月15日 4訂版)

大慈大悲の 観世音

生きとし生ける ものみなの

苦しみ悩み ことごとく

すくいたまえと いのるなり

苦しみのぞき もろともに

しあわせ祈る こころこそ

われらまことの こころにて

いのちあるもの みなすべて

うまれながらに そなえたり

ほとけの慈悲の 中にいて

むさぼりいかり おろかにも

このこころをば 見失い

さまようことぞ おろかなる

われら今ここ みほとけの

みおしえにあう さいわいぞ

おしえを学ぶ 仲間こそ

この世を生きる たからなり

われを忘れて ひとのため

まごころこめて つくすこそ

つねに変わらぬ たのしみぞ

まことのおのれに 目覚めては

清きいのちを 生きるなり

朝に夕べに 観音の

みこころいつも 念ずなり

一念一念 なにしても

まごころよりは おこすなり

一念一念 観音の

慈悲のこころを 離れざり


(後記)

 仏教の真髄、禅の端的を現代を生きる私たち、誰にでも分かりやすく

表現された和讃です。繰り返し繰り返しお唱えすることで、

自然と私たちにこの教えが身についてきて、より善く生きる指針に

なるのではないかと思います。

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猩々袴(しょうじょうばかま) <黄梅院>






延命十句観音経のご縁

3月12日(火)

blog-気仙沼地福寺 2

 こちらは、気仙沼・地福寺さんのお地蔵さまの写真です。

今では、お地蔵さまの後方に、海を眺めることができますが、

 大地震による津波が来る前までは、このお地蔵さまの後ろに位置する場所には

海岸まで住宅が建ち並び、海は全く見えなかったそうです。


 しかし、3月11日の津波によってそれらの住宅はほとんど流され、

今では更地が広がっています。そこに最近建設されたものといえば、がれきを

燃やす焼却場というのが状況だそうです。


 地福寺さんでも多くの檀家さんがお亡くなりになりました。そこで

何かこころの支えになるものにということで「延命十句観音経」を

和尚様が思い立ち、延命十句観音経の冊子を著しておられた管長様に

連絡を取られたのがご縁となりました。


 先日、管長様が地福寺さんをお訪ねになったとき、和尚様が次のように

おっしゃられたそうです。法要をするときは、まず、参列者みんなで

延命十句観音経の意訳(管長様が意訳されたもの)を唱和してから

法要を始めますと。


 以前にも紹介しましたが以下がその意訳です。
 

延命十句観音経意訳

観音様

どうか人の世の苦しみをお救い下さい

人の苦しみをすくおうとなさる

そのこころこそ仏さまのみこころであり

私たちのよりどころです

この仏さまのこころが

私たちの持って生まれた本心であり

さまざまなご縁にめぐまれて

このこころに気がつくことができます

仏さまと 仏さまの教えと

教えを共に学ぶ仲間とによって

わたしたちはいつの世にあっても

変わることのない思いやりのこころを知り

苦しみの多い中にあって 人の為に尽くす楽しみを知り

この慈悲のこころを持って生きることが本当の自分であり

汚れ多き世の中で 清らかな道であると知りました

朝に観音さまを念じ 夕べに観音さまを念じ

一念一念 何をするにつけても

この思いやりのこころから行い

一念一念 何をするにつけても

観音さまのこころから離れません

追悼・復興祈願祭

3月11日(月)


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今日は、カトリック雪ノ下教会大聖堂での、神道・仏教・キリスト教

3者合同の追悼・復興祈願祭に出席して参りました。

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 この行事は、鎌倉の宗教者が宗旨・宗派を超えて集結し、

合同祈願祭を行うもので、一昨年は鶴岡八幡宮、去年は建長寺

今年は雪ノ下教会が会場となりました。

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 十字架の前に「東日本大震災殉難物故者各各霊位」と書かれた

お位牌が置かれています。

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 午前10時から各宗教・諸宗派による「祈りのリレー」(各30分)

が始まりました。

まずは、清泉小学校児童による賛美歌。

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真言宗のお坊さんによる読経。

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神道による雅楽奉奏。

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建長寺さんのご詠歌奉詠。

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そして、われわれ円覚寺の和尚さんと雲水さんによる読経。

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 14時半から式典が始まりました。はじめにキリスト教諸宗派による祈りが

行われたあと、14時46分に1分間の黙祷。その後、カトリック教会による

追悼の祈り、日本基督教団による復興の祈り。そして、鶴岡八幡宮による

神道清め祓いと続き、最後にわれわれ、仏教会の出番となりました。

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 仏教会では、まず、管長様が漢詩をお唱えになりました。

この漢詩は、管長様が一般の人が聞いても分かるように

工夫して作ったそうです。(ちなみに分かりやすい漢詩で

平仄を合っているというのは、大変難しいことです。)

「震災 原発 大津波

 忽ち二年 歳月 過ぐ

 神仏 頭を聚(あつ)めて 至心にいのる

 復興の歓喜 山河に満ちんことを」

そして、観音経世尊偈を奉誦。

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 (管長様の白い袈裟に蓮の花が描かれていますね。)

最後に献花をして退堂となりました。

 被災地の皆様が、少しでも悲しみが癒え、再び、明るい笑顔が戻りますよう

に切にお祈り申し上げます。有り難うございました。

 (後記)

 式中の写真は、kさん(如意庵の植木屋さん)に撮影していただきました。

有り難うございました。

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 今朝の暁天坐禅会は17名の方が参加をされました。

皆様、有り難うございました。



変えることのできるもの

3月10日(日)


 管長様が本日の日曜説教会で提唱されたことをまとめてみました。


 今、この時代に生まれこの場に生きているということは、みな、巡り合わせです。

移り変わり、どうなるかわらない無常の中で、決して一人ではない、みんな

つながり合っている。


 巡り合わせの中で生きていくには、お釈迦様は、いくつしみの心、思いやりの心を

起こすしか、他に道はないと仰せになっています。


 あの被災地の方々は、おそらくあの震災さえなかったら、あの津波さえなかったらと

どれほどそう思ったことでありましょうか。しかしながら、変えることできないものは

受け入れるしか他はないのです。


 今回、東北地方をまわり、大船渡、陸前高田、気仙沼の和尚様方とお話をする機会が

ありました。その和尚様方が共通して言われた言葉がありました。それは、はじめに

「お亡くなりになった方々に対しては、誠に申し訳ない」と前置きをした上で

「あの震災のおかげで」という言葉でありました。


 あの震災のおかげで私たちは大事なものを学んだ。それはこうして生きているという

ことの有り難さ。そして、どれだけ多くのものに支えられているのかということ。

今まで何の縁もない人たちから多くの支援をいただいたこと。私たちが生きている

ということはどれだけたくさんのご縁をいただいているか。それらのことを、

あの震災のおかげで知ったと多くの和尚様が言われました。


 これは2年の歳月がもたらした素晴らしい言葉であると思いながら、鎌倉に

帰って参りました。


 陸前高田の和尚様がこうお願いされていました。「管長様、鎌倉に帰ったら、

3月11日はどこにいても東北に向かって手を合わせてください」と。


 震災や天変地異は変えることはできませんから、受け入れるより仕方が

ありません。しかし、私たちにも変えることができるものがあります。

それは私たちのこの心です。


 お釈迦様は、遠くの人にもいくつしみ、思いやりの心を持てと言われました。

いくつしみ、思いやりの心は誰でも例外なく持っている私たち本来の心なのです。

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 今日の日曜説教会も450名を越える大勢の方々が拝聴にお見えに

なりました。皆様、有り難うございました。

(写真は、Tさんに撮影していただきました。)

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(後記)

 午後からは、居士林で、蔦禅会(坐禅会)でした。11名の方が参加。

こちらも、ご参加いただき有り難うございました。












 

満開御礼

3月9日(土)

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 今日の居士林での土曜坐禅会、初心者の部79名、2部57名

計136名の方がご参加くださいました。

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皆様、有り難うございました。

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居士林山門前の咲くすみれ。

陸前高田の一本松

3月8日(金)

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 こちらの写真は、陸前高田の一本松です。

 管長様は、明日、仙台松島の瑞巌寺で行われる「わらべ地蔵開眼法要

並びに震災物故者3回忌」にご出席されるため、東北方面へ行かれて

います。


 大船渡、陸前高田をお参りしているとのことで、写真を送ってきて

いただきました。法要は、午後2時からで3時頃から管長様のお話が

あるそうです。詳しいことは、「わらべ地蔵プロジェクト」のホームページ

をご覧くださいますように。

(後記)

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 円覚寺山内・龍隠庵の河津桜です。崖の風景とマッチしていますね。

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 この河津桜も満開ですが、円覚寺境内の梅も、この土日がピーク

です。居士林の梅も、今が一番綺麗な時期、梅の香りに包まれて

坐禅をしてみませんか。土曜坐禅会でお待ちしております。




日曜説教会と福興市と梅の花

3月7日(木)


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白鷺池(びゃくろち)の紅梅。

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山門横からの風景。

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梅花と山門。

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仏殿前広場にいた鳥。シメという名前だそうです。

hさん、教えていただき、有り難うございました。

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砂の中にくちばしをつっこんで餌をさがしていました。

カエデの種子などが主食だそうで、確かにこの場所は、

カエデの木の下でした。

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「シー」と聞こえる鳴き声と鳥を意味する接尾語「メ」が

名前の由来だそうです。

(後記)

 3月10日の日曜説教会(9時 方丈 どなたでも参加可)は、管長様がお話をされます。

拝聴にいらした方に冊子「円覚 春彼岸号」「致知(管長様対談記事部分)」

今年版の「青松閑話」の3冊を配布する予定です。当日は、昨日このブログで

紹介したように「福興市」も行われます。それに梅もちょうど見頃です。

皆様のご来山をお待ちしております。




福興市

3月6日(水)


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円覚寺では、来る日曜日に「東日本大震災 福興市」が開かれ、

福島県三春町の農産物の直売が行われます。

(企画は、スジャータプロジェクトさん。ちなみに、こののぼりは管長様揮毫です。)

 ○ 日時:3月10日(日)

 ○ 時間:午前9時~午後3時

 ○ 場所:円覚寺総門下

 
 今回、直売を行うのは、「三春の里 田園生活館」さんです。

この団体は、風評被害にくじけない強い心で、安全対策を徹底的にし、

消費者の方々に理解を得るべく地方へ直売を重ねています。


 白菜・小松菜等の葉物、大根・里芋等の冬野菜のほか、三春の特産品が

並びます。それらの農産物は、もちろん、すべて、放射能検査済で基準値

未満です。


 三春町では、出荷停止や風評被害対策として、いち早く「ベクレル調べる

センター」を開設し、農作物の安全性を確認するための放射能検査体制を

整え、販売農家の作物ごとにきめ細やかな検査を行っているそうです。


 より多くの皆様のご支援・ご協力を宜しくお願い申し上げます。 


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 会場となる円覚寺総門下です。(向かって右側のスペースです。)

 ちなみに、お隣の建長寺さんでも3月9・10日と「復興支援

気仙沼屋台祭り」を行うそうです。物産展、チャリティーコンサート、

祈願法要・・・など様々な催し物が行われるとのこと。こちらも、

皆様、ぜひ、お立ち寄りくださいますように。

(後記)

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 今日は、午前中、居士林で、淡青坐禅会でした。

17名の方がご参加されました。梅の香りに包まれながら

坐禅をする、なんとも、「ぜいたくな」時間でした。

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 淡青会の方が、活動報告書を作るのに写真を撮るということでしたので、

便乗して撮ってもらいました。終わってから、黄梅院に移動して、

意見交換会(座談会)をして解散。皆様、誠に有り難うございました。

 




3月5日(火)


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 今日は、午前中、文京区・白山道場龍雲院の留守番でした。

梅と庭石と本堂の屋根。
 
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苔むした梅の老木に花。

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 午後、円覚寺に戻りました。居士林前の梅が満開です!

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 春季学生大攝心(3月22日~24日 於 居士林)の参加許可証を

 昨日、発送しました。施設の収容人数の都合上、男性36名、女性10名で

締め切らせていただきました。たくさんのご応募、誠に有り難うございました。


3月4日(月)

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<居士林・知客寮部屋>

 今日は、午前中、居士林で、海上自衛隊の坐禅会がある予定でしたが

中止になり、ちょうど、時間が空きましたので、電気屋さんに2カ所、

不具合を起こしていた電灯を修理してもらいました。

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<居士林・窓>

 年季が入って良い味を出しているガラス窓。窓に映る梅も、ほぼ満開です。

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 樹上の梅花と樹下の水仙。見事な共演です。

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<居士林・飯台置き場>

 やはり木という素材はそれだけで、心が癒されるとつくづく感じます。

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<方丈・中庭>

早朝6時からの仏殿での暁天坐禅会は11名の方が参加をされました。

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<方丈・百観音と紅梅>

 皆様、ご参加いただき有り難うございました。

「遺体」という映画を見て

3月3日(日)


 管長様が今日の土日坐禅会で提唱されたことをまとめてみました。


 「遺体」という映画を見ていろいろと思うところがありました。

私達は、普段、生と死を分けて考えています。こうして体が動いて

いれば、生きていますし、心臓が止まり瞳孔が閉じ、動かなくなったら

死となります。


 しかし、はたして、生と死の切れ目は本当にあるのでしょうか?

そして、心の世界においては、はたして、死んでいるのでしょうか?


 結論から言いますと、心の世界には生死の沙汰はありません。

生まれたということもなければ、死ぬということもない。生き通しの

心であり、生き通しのいのちであります。


 そういうことを坐禅をして理論的にどうこうしたとしても、現実的に

体が動かない、目がみえない、何も言わないことにあたって私達はどう

接することができるか?です。


 あの映画の中では、一つ一つの遺体に向かって話しかけ、言葉をかけ

ています。生きている人と同じように接しています。そういう心の世界が

続いています。これは、死体だから声をかけても仕方がないというのは、

科学の道理にすぎません。


 その人がたとえ動かなくなったとしても、体か朽ちていったとしても、

お骨になり、お墓に埋められたとしても、その人との心の交流はずっと

続いています。


 その人の心と私達の心とは一つ一つ相映じて連なっています。そういう

地続きのところ、一枚ところで生死、本物・偽物、善・悪を分けても

意味がない。只、一枚の仏心の世界です。


 この時期にこういう映画を見て、もう一度、被災地の方々の悲しみに

寄り添う気持ちを私達は忘れてはいけないと思います。こんな被災地から

遠く離れた場所で悲しみに寄り添うと言ったって何も意味がないと思うのは

単なる目で見える世界の話です。


心の世界ではずっと直接連なっており、一つのともしびの光は全体の光と

必ず相映じます。遠く思いを致すことは決して無意味ではありません。

(後記)

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 午後からは、黄梅院で志塾主催の論語講義に出席しました。

國學院大學教授の石本道明先生がご講義くださいました。

管長様も最前列でご講義を聴いておられました。


 さらに夕方5時から円覚寺・山内臥龍庵の開山毎歳忌に出席

して参りました。それにしても、中身の濃い充実した1日でした。


 

ご友人来山

3月2日(土)


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 今日は、管長様の故郷のご友人Kさんが来山されました。
 
 Kさんは、文京区・白山の坐禅会に参加され、そのまま、

管長様といっしょに円覚寺にいらっしゃいました。

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 管長様とKさんは、幼稚園から大学まで同じという間柄で、なんと、

誕生日まで同じとのこと。Kさんが管長様の幼稚園や中学、高校時代の

様々なエピソードをたくさん語ってくださいました。

 
 例えば、球技大会の話です。球技大会の朝、前日までの雨で

校庭がびしょ濡れだったところ、その当時の管長様が一人雑巾で

水を取ってはバケツに入れて水を抜く作業を始めたそうです。


 野球もサッカーも一度にできるような広い校庭でしたので、

それを一人で水を抜いてグランドが使える状態にするのは到底

無理だろうと思っていたところ、そのうち、みんなが手伝う

ようになって、球技大会を開催できたそうです。


 また、kさんは、そのような若かりし日の管長様の影響で坐禅を始めて、

今でも坐っているとのことなど・・・。


 それは、まるで「偉人伝」を聞いているような内容でした。

 管長様は、常日頃、「人の為に尽くす願いを持って修行をする」と

お説きになっていますが、もうすでに、中学生や高校生時代から

それを実践されていたのだと改めて知ることができました。


 また、それを一人だけ、孤立して実践していたのではなく、

自然とまわりの人をも感化していき、いっしょになって行う

人の集まりが出来たそうです。


 管長様の人生は、もうすでに幼少の頃から、ずっと

「衆生無辺誓願度」で貫かれているんだと気づかされました。

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(後記)

 今日の居士林での土曜坐禅会は初心者の部55名、2部46名でした。

窓際は、時折、梅の香りも漂い、本当に有り難い坐禅会でした。

参加された皆様、誠に有り難うございました。
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