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巡堂(じゅんどう)

9月30日(日)

 今日も夕方からの開山忌(10月2,3日)の習礼(リハーサル)に

行って参りました。

 今年は、4年に1度の間隔で行われる「巡堂(じゅんどう)」と言いまして

開山・無学祖元禅師のお像を輿に載せて、山門や選仏場などの諸堂の前で

太鼓や鈸(ばち)をならしながら、回っていきます。

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ドン ジャン ドン ジャン ドン ドン ジャン・・・

太鼓が1組と鈸(ばち)と呼ばれるシンバルのような円板状の

ものを打ち合わせて音をならす組が2組、計6人が見事なアンサンブルを

奏でます。

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その音合わせの風景です。

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 数百年に渡って、人から人へ時代を超えて、こういう行事が

現在に至るまで伝わっているということは、本当に感慨深いものです。

(後記)  

 大型の台風が近づいて来ています。明朝は朝から山内掃除

(円覚寺境内の掃除)となりそうです。みなさん、くれぐれも

お気を付けくださいますように。


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紫式部

9月28日(金)

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紫式部 <黄梅院>

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(後記)

  10月3日は、円覚寺開山・無学祖元禅師がご遷化された日(開山忌)です。

 1286年に享年61歳でお亡くなりになりました。開山忌は、円覚寺派をあげて

 行う1年で1番大きな行事です。明日から、その習礼(リハーサル)が始まり

 本番に備えます。(大型の台風が近づいてきていますから、少し心配ですが・・・)



 


お茶の花

9月27日(木)

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<妙香池・生け垣>

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秋海棠(しゅうかいどう)。かわいらしいですね。

 急に気温が下がりましたので、みなさん、体調管理には

くれぐれもお気をつけくださいますように。


妙香池と彼岸花

9月26日(水)

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<円覚寺山内・妙香池>

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黄金の彼岸花

9月24日(月)その2


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 夕方から、お隣・続灯庵さんの開山忌に参列して参りました。

山門前の黄色の彼岸花(西洋品種だそうです)がちょうど夕日に映えて

黄金のように光り輝いていました!

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 管長様からお聞きしたことですが、ある有名な動物学者さんが

次のようなことをおっしゃつていたそうです。 

「植物や動物は、大自然と調和して生きていく智慧をきちんと

発揮して生きていますが、人間は二足歩行になり、能が発達して

しまったために、我欲にとらわれて、周りとの関係性が見えなくなって

いるとのこと。」

 私達、人間ももちろん、大自然と調和して生きていく智慧を誰もが

生まれながらに備えているのですから、それを発揮しないことには

もったいないですね。

 こうなると、本当に仏教の教えと一つですね。





玉簾(たますだれ)

9月24日(月)


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玉簾。ペルー原産、彼岸花科だそうです。

<黄梅院・海会塔>

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秋海棠(しゅうかいどう)

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 お彼岸中日を過ぎましたが、円覚寺で一番山奥に位置する

黄梅院ではまだ、彼岸花がつぼみのままです。

 天候不順、みなさん、くれぐれも体調にお気を付けください

ますように。

かなちゃんeye

9月23日(日)


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何を見ているのかな?<方丈>



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花魁草。別名・フロックス<如意庵>

(後記)

 昨日の土曜坐禅会・晩の部は、14名もの方が参加されました。

いっしょに坐禅をしている土日坐禅会の方々にもお互いに良い

緊張感が生まれ、なかなかの雰囲気に成っているのではないか

と思います。

花魁草(おいらんそう)

9月21日(金)


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花魁草。別名・草夾竹桃(クサキョウチクトウ)

花の香りが花魁の白い粉の香りに似ていることから

この名がついたそうです。Sさん、花の名前をご教示いただき

有り難うございました。5弁の凜とした美しい花ですね!

<円覚寺山内・如意庵>

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鶏頭(ケイトウ)

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続灯庵さん(黄梅院のお隣)の山門前の参道に今年も

黄色の彼岸花が咲き始めました。明日はお彼岸の中日ですね。

正しいものの見方

9月20日(木)その2


 管長様が昨日の坐禅会で提唱されたことをまとめてみました。


 臨済禅師は、仏道は長い修行や坐禅、難行苦行をしなければわからない

ようなものではない、それより、「正しいものの見方」をすることが

大切であるとお説きになっています。


 正しいものの見方とは、ありのままにものをみることであり、

それをすると、あらゆるものが無常である、常ではない、一瞬も

同じ状態ではないと気づきます。あらゆるものは一瞬一瞬に転じ

変わっていく。何一つとして同じものはないとうのが真理であります。


 この無常のままに生きていくことができたなら、何の苦しみも

煩いもありません。しかし、私達は無常の真理に反して、「いつまでも

若くいたい!いつまでも生きていたい!いつまでも、この状態でいたい!」

と思ってしまいます。


 そして残念なことに無常の真理には反したその時に、私達の心に苦しみが

生じてまいります。


 まさしく、無常のままに自分を転じていき、無常と一つになっていけば

何の煩いも苦しみもありません。


 しかし、無常であると頭でわかっていても実際にそう見るのは非常に

難しいことであります。


 例えば、この畳ですが、ある日突然にこのような茶色になったのでは

ありません。真新しい青い畳が一時一時、一瞬一瞬に細かな変化を

繰り返してこの色になったのであります。厳密に言えば、もう別物で

あるわけです。


 また若い人が結婚をして相手がこんなはずじなかったとか、あの人は

こんな風じゃなかったと嘆きますが、これも、「相手がいつも同じ状態で

いてほしい」「自分の思ったままの状態でいてほしい」と思う自分の

わがままなものの見方であります。そのずれが迷いや苦しみを生むのです。


 無常を受け入れたくないというのが私達の心の迷いの原因であります。

無常を見ることは大変難しいというのも事実であります。


 それでも、無常が見えてくると無我という真理が見えてきます。

無我とはどんなものでも、そのものがそれ自体で存在をしていない、

つまり、あらゆるものは相かかわっている存在、相支え合っている

存在、それだけで独立しているものはないないということであります。


 無常なるものが相関わり合いながら、相支え合いながら、お互い

影響を与え合いながら今の状態を保っているのです。


 それが真理にもかかわらず、私達は「常に変わることない自分」

というものを探し求めて苦しんでいるのです。「いつまでも元気でいたい!

いつまでも若くいたい!」そう願っていてもいつかは無常を受け入れなければ

ならない時は必ず訪れるのです。


 無常が真理であることは否定できない、これが正しいものの見方であります。

 

現の証拠と猫萩

9月20日(木)

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現の証拠(ゲンノショウコ)です。ちょうど、朝日の光の中で

輝いていました。<黄梅院>

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猫萩(ねこはぎ)。実物はとても小さなお花です。

この意識が仏である!

9月19日(水)


 管長様が本日の淡青会坐禅会で提唱されたことをまとめてみました。


 これだけ科学・医学が発達していても瀕死の状態の病人に対して

一番効果的なことは、耳元で「~さん!~さん!」と名前を呼ぶこと

であり、呼びかけに応じたら意識があるとされ、これは助かるかも

しれないと判断されます。


 この意識がある、ないの違いは何でありましょうか?これは今の科学を

もってしても説明しようがないもであります。しかし、呼んだら返事を

する、反応がある、それこそが仏のいのちであり、純粋な仏様の生命、

仏心であります。


 意識は説明することも解明することもできませんが、そこにあること

だけははっきりしています。私達の意識は、声を聞きそれに反応をして

います。その呼びかけを聞き、反応をしている私達のこの意識こそ、

仏の心であり、いのちであり、仏様そのものなのです。


 私達が生きているとうことは、仏様がそこにいらっしゃると

いうことなのであります。それが何よりも尊いものであるのである。


 みなさん、仏壇や仏像に手を合わせますが、みんな心あればこそ

手を合わせるのです。そしてどんなに立派な仏像よりももっともっと

尊いものを私達はお互い備わって生まれて来ているのです。


 こうして意識がはたらいて今日まで生きていること、それがどれだけ

素晴らしいことであるか心の底から感動して気づくことが大切です。

 
どんなに優れた地位・名誉・財産・・・がどれほどあっても

このこころをもって生まれてきた、これ以上に尊いものはない

のであります。


 「この聞いているものはなにものか?それこそが仏である!」

こう見ることが正しいものの見方であり、臨済禅師が繰り返し説く

ところのものであります。

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(後記)

 昨日は午後から居士林で、中央公論社の方から取材を受けました。

中央公論増刊号で「ほんとうの仏教への誘い」(仮題)という特集を

組むそうで、土曜坐禅会などに関する質問を受けました。


 「現在、日本では老若を問はず伝統仏教への回帰が起こっている」

「日本人が本来の価値観、生命観へ戻りつつあるのではないか」という

考えのもとに日本仏教の入門特集を企画しているとのことです。
 
 10月か11月ころ発行される予定とのことですので、みなさん、

ご覧下さいますように。












 



生死を超える道とは?

9月17日(月)


 管長様が本日の居士林会で提唱されたことをまとめてみました。


 夢窓国師というお方はたとえ自分がどにような批判をされようとも

「仏法の教えを伝えていくにはどうしたらいいのか?」というそのこと

だけを大切に願った生き方をなさったのであろうと思います。


 後醍醐天皇についたり、足利氏についたりとよく節操がないと後世に

至るまで批判されています。しかし、ああいう、後醍醐天皇や足利尊氏といった

当時権力を握った人々は、ましてや乱世の英雄でありますから人物を

見抜く力は十二分にあったと思います。


 もし、夢窓国師が自分だけの都合、名誉、我欲によって行動して

いるのならとうにそれを見抜かれて排斥されているでしょう。

私心なし、その人は純粋であると感じられたたこそ、様々な

立場の人達から大事にされたのでありましょう。


 夢窓国師がいた寺というのはどこも立派な庭が残っています。

これは夢窓国師の「庭を眺めることによって少しでも人々に心を

澄ませて欲しい」という願いが現在まで息づいている証です。


 我が身はやがて消えてなくなりますが、しかし、夢窓国師の

願いといのは、京都の天竜寺や鎌倉の円覚寺、瑞泉寺などに

今にこう息づいています。


 自分だけが死ななければいいというのは死の克服ではありません。

我が身はたとえ朽ちるともこの願いは尽きることはない。

夢窓国師は平和と人々の安寧を祈り願って生涯を過ごされました。

ですから、そこに平和や安寧を祈り願う人々がいる限り、

そこに夢窓国師は生きていらっしゃるのであります。


 「人々の苦しみ、世の中のわざわいがなくならない限り、

我が願いはつきることはなし」というのが夢窓国師の願いで

あります。


 生死を超える道というのは、願いを持って生きていくこと

であります。

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目の前の真実

9月16日(日)


 管長様が土日坐禅会で提唱されたことをまとめてみました。


次のような公案(禅の問題)があります。

ある僧が尋ねました。「この移ろいゆく肉体を離れて

堅固法身、つまり、移り変わらないものはどこかにありますか?」

それに対して別の僧は「山には花が満開で、その美しさは錦をならべたようだ、

谷川の水が渕をなして真っ青なことは藍を湛えたようだ。」と

答えました。


 私達はついつい「どこかにこの移ろいゆく肉体を離れて移り変わること

のない永遠不滅のなにかあるのではないか」と考え回って妄想をふくらませて

逆にマイナスの方向に向かいがちです。


 しかし、大事なことは、「どこかに堅固法身、移り変わることない、

永遠不滅のものはずだ」という自分や相手の妄想・分別、思いこみを

つぶしていくことであります。ましてや、相手の妄想・分別を増やして

しまうようなことは言ってはいけません。


 そして、「永遠不滅のものがどこかに有りはしないか」と頭の中で

理屈をこね回すよりも、庭に咲く一輪の花を見、外に吹く風に

吹かれてみたらどうですか。


 今、目の前にあるあのか細い生きものの中に真実が堂々と

現れているのであります。


 そういうものに触れて、「自分はとらわれていた」「自分は

方向性が間違っていたんだ」と気づいて修正して、妄想・分別を

打ち砕いていくのであります。

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アザミ







秋明菊(しゅうめいぎく)

9月15日(土)

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 円覚寺山内・護国塔(選仏場向かって左)前に咲いている

秋明菊です。昼間のにわか雨を浴びてみずみずしいお姿です。

インタビュー記事

9月14日(金)


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管長様の故郷の「熊野新聞」(9月12日付け)に管長様への

インタビュー記事が載りました。全文を紹介します。


 「災害でも自然を恨むことなく、精いっぱい生きよう」

新宮市出身・臨済宗円覚寺派管長 横田南嶺老師(46)


 わが熊野では臨済宗において二人の名僧を持つ。お一人は

本宮町四村生まれ、1961年96歳没の妙心寺派管長・山本玄峰老師

もう一方は新宮市出身、現在46歳の円覚寺派管長・横田南嶺老師

である。まさに、郷土の誇りと言えよう。

 9月4日、台風12号犠牲者慰霊供養に来新された横田老師。老師を

新宮駅でお迎えし、その高潔で穏やかなたたずまいに`おおいなる

ありがたさ`を心に抱く。そして、熊野川町田長での供養後に

インタビューをさせていただいた。


 {老師の子ども時代、そして発心のことなどをお聞かせ願えますか?}

ー人は死ぬ、その様子が私の記憶の始まりです。満2歳の時祖父が亡くなり

火葬場で祖父の棺桶が焼かれ白い煙が昇っていきました。母は私に

「おじいさんは、あの白い煙になってお空に昇っていくの」と教えて

くれた。さらに、新盆になって、ちょうちんを載せた船で御霊送りを。

この時も「おじいさんは、あの船に乗ってあちらの世界に帰るの」。

いずれも、おじいさんはどこに帰っていったのか実に不思議で不安に

思いました。


 この不安は、小学生の級友が白血病で突然亡くなり、さらに強い

ものになりました。そんな頃です、菩提寺である清閑院の座禅会に

参加したのは。そこで、由良・興国寺の目黒絶海老師にお目に掛かる

ことに。絶海老師がご本尊にご焼香されて礼拝される姿に、私は

子供心に身震いするような感銘を受けました。`ここにこそ、

生死の問題を解決する道がある`と確信いたしました。


 そこで、由良の老師の元へ独参するようになりました。中学生の

頃です。興国寺では、はっきり印象に残っていることがあります。

老師が色紙に富士山の絵をちょこんと描かれ、その讃に

「すべってもころんでも登れ ふじの山」。そして、「禅の修行は

始めたら最後まで成し遂げなければいかんぞ」とお言葉を掛けて

くれた。今でも心に刻んでいるお言葉です。


{大学時代~僧堂時代のことなどを。}

ー高校時代にラジオで偶然、松原泰道先生の講話を聞いてお手紙を

出しました。そのご縁で先生から勧められ、大学時代には東京文京区

にある小池心叟老師に師事。剃髪して出家いたしました。現在は

ただその延長線上で修行をする身です。

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トラノオ <龍隠庵>

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ネコの・・・

9月13日(木)


 今日は、午前中、本山の教学委員会に出席して参りました。冊子「円覚」が

次の正月号で記念すべき300号になるとのことで、デラックス版「円覚」を

企画しています。今までの「円覚」に掲載されたお話の内で、

歴代の老師方などが書かれた選りすぐりの文章を載せる予定です。

 夕方から、東慶寺さんで月一回の割合で行われている鎌禅会

(鎌倉禅を学ぶ会)に出席。この会は以前にも紹介しましたが

管長様に仏光録(円覚寺開山 無学祖元禅師の語録)を提唱して

いただいています。建長寺と円覚寺の和尚さん方と円覚寺の雲水さんが

拝聴をしています。

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東慶寺さんにありましたネコの・・・です。

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正解は、蚊取り線香でした!眠っているネコの背中から

モクモクと煙が出ている姿が何とも癒されます。

芙蓉(ふよう)

9月12日(水)


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 今、円覚寺山内ではところどころに芙蓉の花が咲いています。
 
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野ボタンです。この紫の鮮やかさは本当にきれいですね。

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 今日もかなちゃんは、方丈の縁側の下でお休みでした。

暑いのももう少しの我慢です。頑張って!かなちゃん!

土曜の晩に坐りたい方へ

9月11日(火)その2


 居士林での土曜坐禅会初心者の部と2部(経験者の部)を経験された方で、

さらにもう少し坐禅がしたいという方に、土曜坐禅会 晩の部を

今、行っております。先日の土曜日は10名もの方が参加してください

ました。


 晩の部は、17時頃(初めての方は16時40分)居士林に集合して、泊まりの

土日坐禅会の方といっしょに坐禅をして21時15分頃解散となります。

 1回の坐禅の時間は25分くらいで、トイレ休憩等を途中に挟みながら

18時~21時まで坐禅をします。

 1時間だけの土曜坐禅会ではもの足りず、1泊の土日坐禅会では少し

ハードルが高いかなという方におすすめです。


 作法等を教える時間が限られている為、参加したい方は、土曜坐禅会

初心者の部で坐り方の説明を受けて、2部では読経の経験や、できる限りで

かまいませんから、作法を身につけてから参加してくださいますように。



牡丹芙蓉(ボタンフヨウ)

9月11日(火)


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ボタンフヨウというそうです。<円覚寺山内・龍隠庵>

醉芙蓉(すいふよう)の一種で、お酒に酔って顔がだんだん

赤くなるように、花の色が朝は白で夕方に向かって

紅色に変わっていくそうです。

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秋桜(コスモス) <円覚寺山内・景福荘>

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 今日も一日、残暑が厳しかったですが、秋の気配は確実に

近づいていますね。

生きることが何よりの供養

9月10日(月)


 管長様が昨日の日曜説教会で提唱されたことをまとめてみました。


 (管長様が、先日、紀伊半島大水害の1周忌慰霊祭に出席した時のお話です。)

 
 私の目の前に坐っているご遺族の一人というのは、お母さんと娘の

二人暮らしをしていました。そして、去年の大水害の時、二人は家ごと

流されたのですが、奇跡的に娘さんだけが助かってお母さんは未だに

行方不明のままで、この慰霊祭に参列して座っている方でした。


 最初その娘さんにご挨拶した時は、慰めの言葉もございません、ただ、

手を握るだけでした。


 お経が終わって、その娘さんに申し上げたんです。

 「その悲しみは察するに余りあるものですが、どうか、

亡くなった人の気持ちを考えてみてください。たいへん、

話ににくいことですが、お母さんがどういう気持ちでお亡くなりに

なったのか察してみてください。お母さんはそういう家ごと

流されていって死を覚悟した時に{自分のいのちは亡くなっても

どうか娘だけは助けて欲しい}と切に願ったことでしょう。

 だから、生きてください。」と。


 観音様のこころをよくお話ししますが、観音様は人が困っていれば、

火の中でも助けてくださる。水におぼれていれば、水の中でも

救ってくださいます。


 あの洪水にのまれても、「どうか、自分の子供だけは助けて

ください!」と願うお母さんのこころは、まさしく観音さまの

こころそのものであります。


 だから、生きてください。生きることが何よりの供養であると

申し上げたんです。


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鈴虫花 <黄梅院>








 

 

得度式

9月9日(日)

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 今日は、日曜説教会の後、11時から黄梅院で得度式を行いました。

得度式というのは、平たく言えば、僧侶になる儀式です。

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 今回は、黄梅院と龍隠庵の徒弟さんが得度を致しました。
 
管長様が「戒師」(戒を授ける師)をお務めになりました。

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「剃髪」(ていはつ・・・髪を剃る)の儀式の風景です。

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 戒師である管長様から「安名」(あんみょう・・・僧侶としての名前)と

絡子をいただき、戒を授けられました。

 管長様は、「大勢の人達の頼りとなるような人になってください。」と

ご垂示されました。

一番の供養

9月7日(金)


 先日、管長様が故郷で行われた「紀伊半島大水害」の慰霊祭に出席された

話を紹介しましたが、地元紙「紀南新聞」(9月6日付け)にその様子が

掲載されました。以下 全文です。


 {新宮市出身 臨済宗円覚寺派 横田管長が追悼碑で法要

  100人参列 遺族らを励ます}


 新宮市出身で臨済宗円覚寺派・円覚寺の横田南嶺管長が4日

熊野川町田長の道の駅「瀞峡街道熊野川」にある紀伊半島大水害

「新宮市犠牲者の霊」の碑を訪れ、市内の同宗寺院の僧侶4人と

ともに読経して犠牲者を供養。また、遺族や被災者を激励した。


 水害から1年を迎えるにあたり来訪。遺族をはじめ市民約100人が

参列し、焼香をして手を合わせた。また、「延命十句観音経」を

唱和した。


 横田管長は「熊野地域で生まれ育ったものとして、ぜひお参りしたいと

考えていた。一人で来るつもりだったが、思いがけず盛大な法要になった

ことを感謝している」と語った。


 昨年9月に来新した時は、国道168号の通行止めが続いており、熊野川沿い

の様子を見るのは今回が初めてで「あちらこちらに深い爪痕が残っている。

災害の大きさをあらためて思い知った」と環境の変化に言及。その上で

「悲しみは消えるものではないが、亡くなった方は、残された方が元気で

いてほしいと思うのではないか。私達が元気に明るく生きていくこと、

その時を力の限り精いっぱいに生きることが一番の供養になる」と

激励した。


 災害で母を亡くした遺族は「遠くからお参りに来てもらったことは

大変ありがたい。母も喜んでいると思う」と語り、再度、慰霊塔に

手を合わせていた。


 (後記)

 明日から土曜坐禅会が1ヶ月ぶりに再開します。

明後日は、日曜説教会(管長様の法話・午前9時~10時・方丈)

引き続き日曜坐禅会です。






明日を信じて

9月5日(水)


 去年の今頃、管長様の故郷、紀伊半島が台風12号の豪雨により

たいへんな被害を受けました。あれから1年が経ち、昨日、

管長様は、地元での慰霊祭に招かれて出席されました。


 「紀伊半島大水害」から1年、復興へ向けての願いを書いた

管長様の文章がを地元新宮市の広報に掲載されましたので

全文を紹介します。


 {紀伊半島を襲った豪雨による大水害から、はや1年が経とうと

しています。お亡くなりになった方のご冥福をお祈り申し上げます。

まだ、目を閉じれば大災害の様子が、ありありと思い浮かべられる

ことでしょう。

 
 私も18歳まで熊野川のほとり、船町で生まれ育ちました。川の増水の

様子は幼いころからよく見てきました。しかし、あの高い堤防を越えて

川が氾濫したなど、とても想像だにできません。送っていただいた写真を

見ては、涙を禁じ得ませんでした。まだ、鉄道も通わぬ時でしたが、昨年

9月の下旬にどうにか、生家と菩提寺の清閑院様や那智山とをお見舞いに

参りました。熊野川の奥まで行くことはできませんでしたが、那智川の

惨状には目を覆いました。東日本大震災のお見舞いで、大津波の跡にも

参りましたが、ほぼ同じ光景が目の前を広がっていました。まさに息を

飲む思いでした。以来1年、鉄道も復旧し、少しずつ復興はしているかとは

思いますが、まだまだかかるものでしょう。


 また、お身内を亡くされた方、長年住み慣れた家を流された方々など

その心に負われた傷もまだ深い事と拝察します。熊野の大自然がこんなにも

猛威を振るうとは誰も想像しなかったことでしょう。


 今春、宮城県気仙沼に被災見舞いに参りました。大津波で町は壊滅的な

被害を受け、大勢の方がいのちを落とされました。震災から10日後に、

気仙沼の中学校で卒業式が行われました。生徒の遺影を親が抱いて出る姿も

見られたそうです。その時に卒業生を代表して答辞を読んだ生徒が、涙ながらに

「いのちの重さを知るには、大きすぎる代償でした。しかし苦境にあっても

天を恨まず、運命に耐え助け合って生きていくことが、これからの私達の

使命です」と言われました。


 「天を恨まず」という言葉が、皆の胸を打ちました。どんなにか、天を恨み

運命を呪いたかったことでしょう。それでも、天を恨まず、海を恨まず、

助け合って生きていくと誓われたこころは素晴らしいものです。


 熊野は自然の中で、山と川と共に暮らしているところです。必ずやその自然の

中で、山と川と共に復興してゆくことを信じて疑いません。


 仏教詩人の坂村真民先生は、タンポポの花を愛し、自宅をタンポポ堂と

名付けていました。「タンポポ魂」という詩があります。

「踏みにじられても 食いちぎられても 死にもしない 枯れもしない

その根強さ  そしてつねに 太陽に向かって咲く その明るさ 

わたしはそれを わたしの魂とする」


 これから歩んでいく先は決して闇ではなく、明るい光が射してくる

ことを信じて、今日1日、今のひとときを大切に、お互い助け合って

参りましょう。}


 




 

幸せそうな

9月3日(月)


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かなちゃん、ぐっすり。

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縁側の上。

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気持ちよさそう。

(後記)

  先日、管長様が円覚寺境内を歩いていたら、見ず知らずの外国人

 の2人の青年に「正伝庵は、どこですか?」と話しかけられたそうです。

 (正伝庵とは円覚寺内にある塔頭の一つで現在は管長様が兼務住職をされて

 いるお寺です。)


  その青年の1人は、鈴木大拙居士を大学で研究しているとのことで

 大拙居士がその昔、正伝庵に住んでいたのでそう尋ねてきたそうです。


  管長様は彼らを正伝庵に招待して、お茶を差し上げながら話をし、国宝の

 舎利殿なども案内してあげたとのこと。


  大拙居士の研究をしているだけあって、さまざまな質問を管長様は

 彼らから受けたそうです。


 例えば「僧侶として坐禅の修行をするのと居士として(在家で)

     するのとではどう違いますか?」

 管長様云く「悟りの体験に於いては、僧侶も居士も何の違いも

       ありませんが、それを<伝える>ことに関しては

       専門の僧侶の方が大きな影響力を持っているのではないか」


 また問うて「大拙居士は、慈悲を強調されましたが、では、その慈悲と

       何でありますか?」

 管長様云く「こうして、見ず知らずの方でも、お茶を差し上げて、話をし

       あたたかく迎えてあげること、これが慈悲ではないでしょうか。」

 
  まさか、その青年達は、たまたま話しかけた人が管長様だとは

 思いもしなかったのでさぞ、驚いたことでしょう。何か、大拙居士が

 管長様とその青年達をわざわざ巡り合わせてくれたと思える不思議な

 出来事ですね。

 

 

願いを持って生きる

9月2日(日)学生大攝心最終日


 管長様が本日の学生大攝心で提唱されたことをまとめてみました。


 人の一生は川の流れに浮かんだうたかた、泡のようなものであります。

浮かんでは消え、また、浮かんでは消え、それを繰り返していく。私達の

一生はこの一時(いっとき)であります。


 この流れを仏教では仏様のいのち、仏様のこころ、仏様の手のひらの中

懐(ふところ)の中といい、この中で一時のいのちをいただいて生きている

のであります。


 死ぬまでの間の一時であります。それが長いか短いかは誰にもわからない。

しかし、どうせ、いただいた一時のいのちであるならば、何か人の為に

尽くして輝いて生きていきたいものであります。


 こういう願いを起こすことが私達の仏道の修行です。


 何か人の為に尽くしていきたいということは4つございます。

一つめは、「布施」。何かを人に施すこと。

二つめは、「愛語」。人に言葉をかけてあげること。思いやりのある言葉を

     かけてあげることであります。

三つめは、「利行」(りぎょう)。何か人の為にして差し上げること。

四つめは、「同事」(どうじ)。これが一番難しいのですが、その人の

      身になってあげること。その人の迷い・苦しみを知ってあげること。

      自分も同じ気持ちになってあげることであります。慈悲の究極であります。


 こういう良い願いを私達も自分の願いとして生きていこうというのが

私達の修行であります。


(後記)

   おかげさまで、平成24年度夏季学生大攝心は無事に終了と

  なりました。参加者の方々、暑い中、本当にお疲れ様でした。

  誠に有り難うございました。

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管長様が総茶礼(解散式)の時のお話で、「みなさんの坐禅会に対する

感想や要望をぜひお聞かせください。」と仰せになりましたので、

早速、役位の雲水さんが要望箱(アンケートBOX)を用意して

くれました。参加者の方から多くのご意見、感想をいただきました。

貴重なご意見、誠に有り難うございました。

 このブログのコメントでも何かありましたら、お知らせいただければ

幸いです。(返信は必ずしもできませんが)

 ご要望に少しでもそえるように精進して参りますのでこれからも

宜しくお願いいたします。








 

学生大攝心の風景

9月1日(土)その3

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 学生大攝心(坐禅会)は早朝4時に起床します。起きてまず、

井戸端でひしゃく一杯の水で顔を洗い口を濯ぎます。

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食事の風景です。「飯台座」という長細い机を並べて、

「持鉢」という器で作法にのっとって食事をしていきます。

もちろん、私語は厳禁です。黙々と所作が進んでいきます。

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お食事は、雲水さんが居士林に備え付けのかまどに薪で

作っています。約50名分のお味噌汁を雲水さんが

大きなひしゃくでかきまわしていますね。たいへんな

作業です。

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管長様の提唱は、居士林から円覚寺専門道場(僧堂)に

場所を移して行われます。

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提唱後、国宝舎利殿拝観です。雲水さんが説明をしてくます。

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午後のスイカ茶礼の準備です。自発的に攝心のお手伝いに来ている

Y寺和尚さんが皆さんにご供養くださいました。

有り難うございました。



今月のお言葉

9月1日(土)その2

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管長様揮毫。坂村真民さんの詩。

祈り願う心

9月1日(土)学生大攝心中日


 管長様が本日の学生大攝心で提唱されたことをまとめてみました。


 夢窓国師発願文に「願わくは我が慈悲観音のごとく、行願(ぎょうがん)

普賢(ふげん)のごとく、智慧文殊(もんじゅ)のごとく、弁説(べんぜつ)

維摩(ゆいま)のごとくならんこと。」とあります。


 仏像というものは決して偶像崇拝でありません。観音様を拝むこと、

観音様のお姿を見ることによって、私達の心が観音様のような慈悲の

心となるように願うことが大切であります。


 私達のこの心が、慈悲は観音、願いは普賢、智慧は文殊となります

ようにとこう願っていく。願って願って願い続けていくと、その願う心が

私達の心に、体に、熏習(くんじゅう)といいまして、しみついてくる。


 そうすることが特に難行苦行をしなくとも仏様に近づくことのできる

速やかな道であります。難行苦行をすればするほど得意な気持ちになって

逆に仏様の心から遠ざかってしまう人を多く見受けられます。


 それより、何か人の為に尽くしてあげたい、観音様のような慈悲の

心であたたかく人に接して、みんながどうか幸せになりますようにと

祈り願う心を持って坐禅をすることが大切であります。


 そうすると私達のこの祈り願う心が、仏様の祈り願う心に通ずる、

1つのものになってくる。私達の心と仏様の心が、夢窓国師は「冥合」

(めいごう)すると表現されましたが、知らず知らずのうちに1つに

なってくるのであります。

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<提唱風景>



 



 
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