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ホワイト円覚寺

2月29日(水)

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 鎌倉では朝から雪が降り、円覚寺境内もすっかり雪化粧しました。

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「雪中の梅」・・・厳しい寒さに耐えながら花を咲かせている姿には

感動します。

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 雪の中にもかかわらず、早朝6時からの暁天坐禅会には10名弱の

参加者がいらっしゃいました。

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白一色の円覚寺、美しいですよ!
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祝一周年

2月26日(日)


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 今日は午後から「蔦禪会(ちょうぜんかい)」という坐禅会でした。

ちょうど一年前の、梅が咲いている今頃、第一回目を行いました。

あれから時が経つのは早いもので一周年を迎えることができました。

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蔦禪会とは変わった名前ですが、英語のアイビーの日本語訳が蔦(つた)です。

アメリカ東部のハーバード大などの名門私立大学8校からなる連盟を

アイビーリーグといいます。みな伝統的な大学で、校舎が蔦に覆われている

ことが多いことからその名がついたそうです。

 たまたま、円覚寺の別の坐禅会に参加されていた、アイビーリーグ出身の

Bさんから坐禅に関心のある同窓生向けの坐禅会をやりたいとの

お話をいただき「蔦禪会坐禅会」が生まれました。

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 始めた時は、これ一回限りでまさか一年も続くとは全く想像も

していなかったのですが、毎月1回ずつ重ねて、今日の日を

迎えられてなかなか感慨深いものです。

 参加者はBさんやJさんがアイビーリーグの同窓会にネットで募集

して来る方とあとは縁故の方で様々です。会は、最初に坐り方の説明

をして15分くらいの坐禅を2回と途中「歩く坐禅」をして最後に30分くらい

円座になって参加者の自己紹介と質疑応答をします。BさんやJさんが

通訳をしてくださる中で会が進んでいきます。毎回15名ぐらいの方が

参加くださり国籍も様々です。

 今日、参加された中に、外国人向けのガイドをしている方がいて、

「欧米の方で禪に関心のある人は多く、禪について尋ねられる

ことが多いので参加しました。」とおっしゃていました。


 本当にこれからが楽しみな坐禅会です。

 



梅花

2月24日(金)


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佛殿と居士林の間にある梅が段々と開花してきました。

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この梅花は花弁が多いようで優雅に見えます。

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気温も少し温かくなってきました。

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春の訪れを感じますね。

第3回居士林だより編集会議

2月22日(火)


昨日は白山道場・龍雲院で居士林だより製本化の編集の

打ち合わせでした。Tさんが装丁案を作成してくださいました。

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今朝、管長様にタイトルについて相談したところ、

「いろはにほへと」(ある日の法話より)がいいだろうとの

ご助言をいただきました。

 短くまとめた約30編の法話と円覚寺の風景や花などの

写真がたくさんちりばめられている内容となっています。

 順調にいけば6月中には出来上がる予定です。




禪語の解釈

2月19日(日)


 管長様が本日の土日坐禅会で提唱したことをまとめてみました。


 「随波逐浪(ずいはちくろう)」という禪語があります。これは

良い意味では、相手に応じて、相手に随って人々を救っていく

という意味であります。同じ言葉が、否定的に、波に流され、

のまれてしまって身動きができないという意味で使われます。


 また「和泥合水(わでいがっすい)」という禪語も肯定的には

人々を救っていくためにあえて泥の中に身を投じていくという

意味で使われ、否定的には徹底していない、まだ煩悩の泥に

つかっているという意味で使用されます。


 こういう訳であるから、禪語は解説・解釈ができないのであります。

その場でどういう意味に使われているかでぜんぜん違うのであります。


 ですから、禪の解説書を読んでこの禪語はこういう意味と一方的に

思いこんでしまうと随波逐浪にしても和泥合水にしても全く合わなく

なってしまいます。


 そこで禪語は解釈できないという立場から解説をつけない

「禪林句集」を作ったしだいです。


 解説をつけたら間違うんです。その場でどういう意味になるかは

その場になってみないとわからないのであります。へたに

解説があるとこの禪語はこういう意味と思いこみ、ますます

自分でものを考えることができなくなります。


 解説を読まんのがいいというのはそういうことであります。

そうして自分でどういうことかしらとわけがわからないままで

問いを持ち続けるのでいいのであります。




釈迦像

2月16日(木)


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お釈迦様の坐像です。

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青い頭髪をしておられます。

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蓮華坐の下に「豊年謹書」と書かれています。

締め切りました。

2月15日(水)その2


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 春季学生大攝心(坐禅会)は、定員に達したため

本日をもって締め切らせていただきました。

有り難うございました。

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涅槃会

2月15日(水)

 今日は、涅槃会でした。お釈迦様がご入滅(お亡くなりになった)された日です。

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管長様が涅槃会の儀式中、偈をお唱えになりました。

恐れながら、意訳してみました。

「 お釈迦様はお悟りを開かれてからお亡くなりになるまで

49年間、教えを説き続け,数多くの教典を山のように残された。

 生きとし生けるものたちがお釈迦様がお亡くなりになったのを

嘆き悲しんでいる中、なすべき事を為なし尽くして、

 まっすぐ、涅槃に帰って行かれたよ。」

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佛殿・宝冠釈迦如来の前には大きな涅槃図が

掲げられました。

そろそろ締め切りです。

2月13日(月)


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 春季学生大攝心(坐禅会)は、応募者数が、今日現在、

男性24名、女性15名となりました。

そろそろ定員になりつつありますので近日中に締め切り

となります。

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たくさんの応募ありがとうございます。応募された方には

後日、参加証の葉書をお送りいたします。

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命のぬくもり2

2月12日(日)その2


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 昨日、土曜坐禅会に行くと福寿草がお日様をいっぱいに

浴びていました。命のぬくもりを感じますね!

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見ているだけで、元気になりますね。

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 土曜坐禅会初心者の部43名、2部40名でした。

管長様には日中、黄梅院での法要に引き続き、

2部で無門関提唱をしていただきました。

誠に有り難うございました。





命のぬくもり

2月12日(日)


 管長様が本日の日曜説教会で提唱されたことをまとめてみました。


 「ぬくもりの 残れるセーター たたむ夜

   一日(ひとひ)の命 両手にいとしむ」


 この寒い時期になるとふと思い起こす歌であります。

実はこの歌は、40年前頃、死刑囚が寒い独房の中で

歌ったものであります。


 夜、寝る前に今日一日着ていたセーターをたたむ。その時に

かすかなぬくもりが残っているのを両手で感じながら、自分の

一日生きた、命のぬくもりというものをなんともいとおしく思うという

歌であります。


 命とはいったい何であるか?抽象的にいろいろと言われていますが

この歌で歌われている「両手に感じるぬくもり」こそ命そのもの

生きている何よりの証ではないでしょうか。


 この死刑囚の方は、死刑になる前の晩に次の歌を

読まれました。

「この澄める 心あるとは 知らずして

  刑死の明日にせまる夜ぬくし」

 こんなにきれいな澄んだ心が自分にもあると気がつかずに

きてしまった。しかし、この心があると気づいてからは、死刑の

前の晩といえども温かい心持ちでいられる。


 お釈迦様は、人間として生きる教えを生涯説かれました。

涅槃というと死を連想してしまいますが、本来は煩悩の火を

吹き消して本来の自分に目覚めることであります。消える

のではなく、自分のいただいた命を完全燃焼することである

とある方は仰せになっています。


 お釈迦様がお悟りになったことは、私達はみんな生まれ

ながらにあたたかい心を持っているということであります。

本来持っているこのあたたかい心を取り戻すのが大切で

あります。


 その為にこの命のぬくもりというものを有り難いと感じとって

この命あることを有り難いと心から感じて、少欲・知足です。

 自分のわがまま・欲望を制御して人にあたたかく接することが

お釈迦様の教えであります。


(後記) 今日の日曜説教会は、350人以上の方が

    拝聴されていたようです。たいへん寒い中に

    にもかかわらず、盛況でありました。

    有り難うございました。



 
 

梅寒苦を経て・・・

2月10日(金)


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 朝比奈宗源老師のお師匠さんである古川堯道老師の

梅図です。

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「梅、寒苦を経て香し

  人、辛苦を喫して貴し」

 米寿叟 堯道

わらべ地蔵

2月9日(木)


今日は、円覚寺本山で行われた「わらべ地蔵を被災地へ

プロジェクト」に参加して参りました。このプロジェクトは、

京都の仏師・位牌師の方が、石巻市大川小の児童74名が犠牲に

なったことなど、東日本大震災によって大きな悲しみにくれる

人達に「何かできることことはないだろうか」と思いで

始められました。この仏師の方は、はじめ遺族の方にお位牌を

贈ろうと思い立ちましたが、実際に現地に行ってみていろいろと

相談してみると、それはご遺族に死を受け入れるべきと受け取られる

おそれがあるから反対されたそうです。


 そこで「人の背負いきれない悲しみを一時でよい、何かに

預かってもらうことはできないだろうか」と「地蔵菩薩(わらべ地蔵)」を

思いつきました。そして多くの人にわらべ地蔵を彫ってもらい、

それを被災地の家族を亡くされた方、特にお子さんを亡くされた方に

届け、供養をしたいとこの活動をなさっているそうです。

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 最初、一番左の状態の檜を彫り進めて、最終的に右端の完成型

にしていきました。

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仏師の方のわかりやすい説明と配布されたマニュアルを見ながら

作業を進めました。

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みなさん、心を込めて真剣に彫っています。

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出来ました!ちなみに中央のお地蔵さんが管長様作です。

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それぞれがそれぞれのお顔立ちをしていますね。

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 最後に完成したわらべ地蔵を前に並べて記念撮影。

これらのわらべ地蔵は、この後、3月6日に松島・瑞巌寺で

開眼法要をしてご希望される被災された方などにお渡し

するそうです。


黄梅の夕暮れ

2月8日(水)その2

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夕方、観音堂を閉めにいくとちょうど雲の切れ間から

西日が差し込んできました。

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夕日、雲、青空、山・・・

心洗われますね。

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雲が美しいですね。

福寿草と梅

2月8日(水)

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今日は、午前中、円覚寺山内・龍隠庵にお伺いしました。

庭先の日当たりの良いところに梅が咲いていました。

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龍隠庵から山門をのぞむ。

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こちらは参道脇の福寿草です。春を告げる花の代表で

新春を祝う意味で「福寿」という名がついたそうです。

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花弁を使って日光を花の中心に集め、その熱で虫を誘因

しているとのこと。そのため太陽光に応じて、日が当たるときは

開き、日が陰ると閉じるそうです。よくできていますね。

 もう春はそこまで来ていますね。

ご満悦

2月7日(火)

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 今日は午前中、白山道場・龍雲院の留守番でした。

午後、円覚寺に戻ってくると総門にしいちゃんの姿が・・・

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職員さんになでなでしてもらって気持ちよさそうですね。

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なでながら、「あらあら、こんなに太ってしまって・・・」

と職員さんつぶやいていました。

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みんなにかわいがられて「幸せ太り」ですね。

色褪せぬもの

2月5日(日)


 管長様が本日の土日坐禅会で提唱されたことをまとめてみました。


「十洲春尽きて花凋残(ちょうざん)

   珊瑚樹林日杲杲(こうこう)」


 十洲とは昔の中国の人が考えた仙人の世界、つまり理想郷

であります。死んだ人がよみがえるお香がある、これを飲めば

長生きできる薬がある、別荘地のように景色がよく気候が

いい場所がある、珍しい獣がとれる、すばらしいダイヤモンドが

とれる・・・。


 これは単なる昔話というよりも今の時代でも我々はそうたいして

変わらないことを考えているのであります。そう思うと人間はやはり

あまり進歩していないと思わざるを得ないのであります。


 そんな仙人の世界は、春が非常に長く百年続きます。しかし

どんなに長い春であってもやがて必ず春は終わり、花も散ってしまう。

尽くそれらのことを満足したとしてもやがては必ず終わるときがくる

のであります。


 また、どんな言葉を費やしても、やがては尽きてしまうし、どんな

思索をめぐらしても必ずいきづまってしまう。文明・文化がどんなに

発達してもやがて尽きてしまいます。そんななかであっても、

海の底の珊瑚は変わることはないという言葉であります。


 海底の珊瑚とは我々めいめいの仏心・仏性であります。

我々の本心である仏性だけはどんなに時代が移り変わっても

尽きることはなく色褪せることはないのであります。人の

ぬくもり、温かさを感じていく心は変わることはないのであります。

我々はそれを求めて行かなくてはならないのであります。




 

まんさく

2月4日(土)

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まんさくです。花をたくさんつけることから「満咲く」

で満作という説と・・・

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早春に咲くことから「まず咲く」「まんずさく」が東北地方で

訛ったものともいわれています。<黄梅院>

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 本日の土曜坐禅会の参加者は、初心者の部42名、

 2部45名でした。

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 とても寒い中のご参加、有り難うございました。

 風邪、インフルエンザがはやっていますので、禅堂内

でもマスクの着用を可にしました。それと膝掛け等も

使ってもらっています。みなさん、体調管理にはくれぐれも

お気をつけくださいますように。

凍る寒さ

2月3日(金)


朝方、隠寮にお伺いすると・・・

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 つくばいにつらら。管長様が教えてくださいました。

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今日は、朝、開山国師毎月忌の儀式がありましたが

どおりで寒いわけでした。

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 管長様のお部屋にはこの色紙がたくさん並べて

ありました。お伺いすると、円覚寺・北鎌倉幼稚園の今度

卒園する児童約40名のために一枚一枚お書きになった

そうです。

気がつくということ

2月1日(水)その2


 管長様が本日の淡青坐禅会で提唱されたことをまとめてみました。


 「無門関」と言いますから入り口がないのであります。それは、

とりもなおさず、私達はみなその中にあるということであります。


 禪の修行は、田舎からはるばる出かけて都に到達するのではない

とよく言われています。都大路の真ん真ん中にいて道に迷った人が

「ああ!ここが都であった!」と気がつくことが禪の悟りであります。


 初級からはじまって一段、2段・・・と階梯を経て悟りに到達する

のではなく、また田舎からてくてくと歩いて都に到るのでもありません。


 はじめから都大路の真ん真ん中に自分はいる!と気づくことです。

都大路とは、仏心・涅槃心・仏様の心のことであります。私達は

はじめから仏様の心の中で命をいただいて、生き、そして息を

引き取るのであります。


 その中に ありとも知らず 晴れ渡る

   空にいだかれ 雲の遊べる


 白い雲が広い大空の中を自分ではそのことに気がつかずに

一時、ゆったり浮かんでいる。我々も自分では気がつかない

うちに仏心の中に生まれ、その中に生き、そして息を引き取る。


 みんなその中にいると気がつくかどうか?であります。

水の中にいて「ああ!のどが渇いた!」と騒いでいたんだと

気がつくかどうかであります。


 気がつくを目覚めるといいます。お釈迦様はそのことに

気がついた・目覚めた人であります。


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 (後記)

    今日は風は強かったのですが、空と雲がきれいでした!



2月のお言葉

2月1日(水)


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管長様揮毫。坂村真民さんの詩です。
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