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炎天下の草刈り

6月28日(火)その2


 昨日から、管長様がいらっしゃって黄梅院の「山狩り」が

始まりました。山狩りとは、黄梅院の山の斜面の草刈りのことです。

8月12日から始まる黄梅院お施餓鬼に向けて今から、準備をしていきます。

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管長様が炎天下の中、大鎌を振るっています。今の時期に

「倒して」おかないと大きく固くなってしまう植物があり、

それと格闘をしておられます。

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それにしても、今の時期でこの湿気とこの暑さ。汗は短時間で

ひたたり落ちます。

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蛇もハチもでる急斜面。管長様、ひたすら大鎌を振るっております。

まるで、戦場の武士のようです。

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本当にお疲れ様です。





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僧堂の水蓮

 6月28日(火)


 今日は、午前中僧堂での大用国師毎歳忌に出席して参りました。

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「ビュっ!ビューティフル!」思わず歓喜の声がでてしまいました。

僧堂の庭の大きな水盤に水蓮が咲いていました。

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「スーイ・スイ!」

まるで極楽浄土を漂っているような気分になってきました。

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その美しさに思わず見とれる居士。





熱が出たときに

6月27日(月)


 おかげさまで、病気もあとは鼻声だけと快復して参りました。

先週の日曜日の夜から熱が出始め、だいたい熱が治まるまで

丸3日かかりました。医者の先生からは、いろいろと為になる

アドバイスをいただきました。熱がでたら、我慢して汗をかけと

ありますが、1回そうすることで、劇的によくなることもあるが、

何度もそれを繰り返していると逆に体力が消耗してしまい良くない。

それは、ケースバイケースとのこと。時には、無理して汗をかかずに

静かに体を休めた方が良いとのこと。前回熱が出たとき、「我慢方法」で

劇的に良くなった経験があったので、今回もやってみたのですが、汗を出して

着替えてを数時間おきに繰り返しているうちにすっかり身も心を消耗しきって

しまいました。

 また、熱があるとき食欲がどうしてもなくなってきますが、そんなとき

何を食べたらいいか聞いてみました。梅干し入りのおかゆとお味噌汁だそうです。

あと、スポーツドリンクなどで水分を十分に補給して、ウイダーインゼリーなども

おすすめだそうです。ヨーグルトなどの乳製品は控えた方が良いと言われました。

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養生しているドジョウ居士。



混沌

6月26日(日)


 管長様が先日僧堂攝心で提唱されたことをまとめてみました。


中国の「荘子」の中のお話です。昔、「混沌」という神様がいて

その顔は、のっぺらぼうで目も耳も鼻も口もありませんでした。

それを気の毒に思った他の神様が一日に一つずつ、目を耳を・・・

というふうに穴をあけていったら、7日目(目2+耳2+鼻2+口1計7つ)

に死んでしまったという有名な話があります。気の毒だと思って、

しかしながら、余計なことをしたために混沌は死んでしまったので

あります。

 混沌は、無分別、分けて考えないこと。大自然そのもの、大自然の

真の純朴さの姿であります。自然と人とが一つになっていた世界、

禪の言葉で言えば「無分暁(むふんぎょう)」

つまり、「さっぱり、わからない!」ということであります。

 仏の智慧は、実は無分暁!

わかる!というのはむしろ浅く逆にわからない!というのが

実は尊い。

 最近、アマゾンの奥でまだ文明にふれたことのない民族が

見つかったという記事が出ていました。また、別の本で、全く文明

にふれていないそれこそ大自然の中で、森に生まれ、森を食べ、

そして最後に森に食べられていくというような全くの自然の

暮らしをしている部族のことを読んだ。

 そこには、自然に生きる知恵が随所にある。お日様とともに起き、働き

日が沈むと休む。それでいてきちっと統制がとれている。森の精霊と

対話ができるという長老の一言が、全部を決する。森の精霊から

「もう、獲物をとるな!」と聞けば、獲らないからとりすぎることがない。

そんな村だったが、政府が治療や保護という名目で村人を町へ連れて行くうちに

文明にふれて、悲しいかなその村は崩壊をしてしまった。

 町に行って言葉を学んだものたちは、今まで長老の一言ですんだものが

反論するようになる。いよいよ長老が亡くなるときには次のことを言って

息を引き取った。「精霊がいなくなった!精霊がきえた!」と。

 私達がアマゾンの暮らしに戻ることはもちろんできないが

そういうところから何を学んでいくのか?

真の智慧とはいったい何であるのか?

反省すべき時にある。


(後記)おかげさまで、ブログが更新できるまで

   快復致しました。療養中、たくさんのお見舞いの

   コメントをいただき、誠に励みとなりました。

   有り難うございました。

   







療養中

6月22日(水)


 一昨日より熱を出してしまいまして、病気療養中です。

また、治りましたらブログ更新を再開します。

ご迷惑をおかけします。


本当の「悟り」とは?

6月17日(金)


 先日、管長様が故郷の新宮市で講演されたことが

地元熊野新聞に掲載されました。

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その記事の中で管長様が「悟り」についてふれられて

いましたので紹介します。

< たまに「管長様は長いこと坐禅をして悟りましたか?」と

聞かれるんです。「悟りなんて難しいね。」と言うんです。

その時に言います。「もしあなたの周りでね。坐禅をして

俺は悟ったんだという人がいたらあまりお付き合いしないほうが

いいと思いますよ。と(笑)

 そう簡単に人間は悟れたり、特別の能力というか、拝めば

病気が治るといった虫のいい話はないんであります。

どうか、騙されないでください。

 坂村真民という詩人がいます。こういう短い詩があります。

「信仰によって強くなるのではない。弱いままに助けられていく。

弱いままに守られていく。その喜びの中に生きる。」

私どもはこの弱さを知る。弱いままにいろんな人の力に

支えられて生かされていただいている。その喜びを知ることが

大切であろうと思います。 >







花!花!花!

6月16日(木)


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夏萩です。

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あじさいも満開になってきました。

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蛍袋(ほたるぶくろ)です。円覚寺近くの川で、今の時期

蛍が川面を幻想的に飛んでる場所があるそうです。

円覚寺境内でも、薄緑色の光を発して飛んでいる姿を見かけました。

本当の意味で、「豊か」であり、「ぜいたく」であります。

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「わしには、ちと小さいわい!」

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金糸梅です。

The 黄色! これぞ黄色!

きれいですね~。

(黄梅院のお庭に咲いています。)









心の主となれ!

6月14日(火)


 管長様が先日の土日坐禅会で提唱されたことをまとめてみました。


 我々の心というものは、次から次へとあれこれ探し求めるもので

あります。もちろん、その心を刺激するために、資本主義社会は

みんなの気を引くものをどんどん生み出していくのであります。

 これ以上あれこれと同じようにやっていると、エネルギー、

環境問題とだいぶ行き詰まりがきているわけであります。

 そのあちこち次々と求めるような心をより所としては

いけない。その心のよってきたる大本、源をより所と

しなくてはいけない。心にひきづられるのではなく、

 心を自分の子分のように制御して使いうるという

ところであります。

 「心を主とすることなかれ。心の主となれ!」

心を頼りにしようとして心に引きづり回されるのではなく

逆に心を引きづり回す。心をわが子かわが孫のごとく、

「これ以上、お前さん達、追い求めたら危ないぞ!」と

ひもでもかけてとどめるように。

 やはり、心をとどめる力というものをつけないといけない。

坐禅の修行は、そういう意味でますます大事になってくる。


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きちんと手なずけられている居士。


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「そっちに行ったら、あぶないぞ!居士!」






 

梅酢ほぼ漬かる

 6月12日(日)その2


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「ここまできた!」テンションあがる居士。

今日で約4日、ほぼ梅酢に漬かりました。

管長様から「重しをのせないと難しいぞ」と言われ

内心びくびくしていたのですが、とりあえず一安心です。

 あとは、カビの発生がないことを監視するのみです。



くすぐり地蔵

 6月12日(日)


 管長様が日曜説教会で提唱されたことをまとめてみました。


 (管長様が被災地のお寺にお見舞いに行ったときのお話です。)

 そのお寺の和尚が「こちらがくすぐり地蔵です。」と紹介されたが

私にはどこにそれがあるのかわからなかった。再度和尚さんに

「これですよ。」といわれ見ると、何とも朽ちた石のかたまりがあり、

赤布がぐるぐる巻き付けられている。これのどこがお地蔵さんだと

思っていると、和尚さんが説明しだした。「このお地蔵さんは、

お参りする人が自分の体の悪い所と同じ所を、小銭でお地蔵さんの

お体を削って持って帰ると悪いところが良くなるという信仰です。

お地蔵さんの体を削っている様子がいかにもくすぐっているように

見えるので「くすぐり地蔵」というのです。

ところが、霊験あらたかお参りした人が悪いものが良くなるものだから、

そのお礼にお地蔵さんに前掛けやちゃんちゃんこを赤布で作って

着せるものだから、今では「着ぶくれ地蔵」です。」と。

 やはり、被災されて深刻な時にこういう滑稽な話があると

お互いほっとするものであります。そのお寺の石灯籠や石塔が

倒れるなかで、このくすぐり地蔵は倒れなかったのであります。

何気ない民間の信仰でありますが、このお地蔵さんの自分の

身を削ってでも人の幸せを祈るという慈悲の心の深さこれこそが

大地震にあっても倒れないものであったのではないでしょうか。

 坂村真民さんの詩に

「きえないものをもとめよう

 きえないものをみつけよう

 きえていくみだけれども

 きえないものがある

 それは真心である。」とあります。

  人を思いやる真心は、どんなに世が移り変わっても

 きえることのないものであります。

  くすぐり地蔵のお姿から学ぶことができるのは、

 我が身を削ってでも人を思いやる心であります。


 

 

梅酢上昇中

 6月9日(木)

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 「がんばれ!もう少しの辛抱だ!」

ガラス越しに一生懸命「汗」をかいている梅たちを

激励する居士。

梅酢が一晩で、ここまで上昇してきました。

(何か、理科の実験を思い出しますね。)

梅干しを作ろう!

6月8日(水)


 今日は、昨日黄梅院で収穫した梅を漬けました。

一番シンプルな方法でやってみましたので、みなさんも

参考にしてください。

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「え!これだけでいいの?」居士驚きです。

用意するもの・・・梅5キロ(今年は黄梅で5キロとれました。)

 塩(梅の5分の1の重さが昔から伝わる重さだそうです。よって約1キロ)

 ビン(今回は、樽ではなくて中の様子が見えるようにビンにしました。)

 リカー(殺菌、消毒用。梅干し作りの大敵は、カビ。)

 はかり(なんでもよし、ちなみにメタボ体重計はなかったので代用。)

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「うーん、すこし、ヒリヒリするなあ!」

ビンやボール手に触れるものは、みなリカーで殺菌します。

ボールにリカーを入れて、よく殺菌しながら、ビンに移していきます。

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「順調!順調!」ご満悦の居士。

塩をまぶしながら、梅を入れていきます。塩は上から下に落ちますので

上の方にいくほど、まぶす塩の量を増やしていきます。

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「なんだ、重しいらないのか。」少し先走った居士。少しがっかり。

今回は、「重し」を使わない方法です。

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「できた!これで、一安心!」

全部積み終わったらおしまいです。仕込みはこれで完了です。これで

4~6週間つけこんで、梅酢があがってきたら1日1回ビンを斜めにして

上段まで梅酢がかぶるようにします。そして、天気の良い日が続くときに

「干し」となります。

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残った梅は、はちみつ漬けにしました。(単純にはちみつの中に

いれるだけです。)漬かると、実は食べることができ、

エキスがでたハチミツは、水などで割って飲むことができます。

 「干し」編は、また、後日に報告します。






山門にのぼると・・・

 6月7日(火)


 本日は、宝物データベースの資料となる写真撮影をして参りました。

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山門です。これから、階段を上って山門の内に行きます。

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「よいしょ!よいしょ!」急な階段を上ります。

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部屋があり、仏像がまつられています。

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本尊の十一面観音像です。

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その両脇に十六羅漢像が十六体。

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さらに、十二神将像が十二体まつられています。

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「絶景かな!絶景かな!」二階縁側から、佛殿をのぞむどじょう居士。

見とれていますね。

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総門方面をのぞむ。「ひえー!あんなに人が小さい!」

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わが古巣「居士林」をのぞむ。選仏場の奥に屋根がうっすら見えます。











梅とり

6月6日(月)


 昨日、土日坐禅会の方々が居士林の庭の梅とりを

してくれました。早いもので、もう、そんな季節ですね。

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 「たくさんとれました!万歳!」どじょう居士も喜んでおります。

今年は、円覚寺山内の梅も例年より多くの実をつけている感じです。

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「うーん!いい香り!」思わずもぐってしまいました。

これが、居士林の「梅干し」となります。

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 スルスルと木をつたい、梅の取り残しがないか点検中です。








管長様のお仕事

 6月5日(日)


 隠寮(管長様のお住まい)に行くと色紙などが所狭しと

並べられていました。管長様は、たいへんお忙しい合間を

ぬって、円覚寺派の末寺の方に配るものを揮毫されていたようです。

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「和やかな顔、やさしい言葉」そういうふうに人に接したいものです。

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「関」の字。このつらい苦しい関門を切り抜ければ、

道は開ける!

これは、足をつけて「ついたて」になるそうです。

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「月は白く風は清し」これは、扇子に張られます。




健康診断

 6月3日(金)


 今日は、本山に健康診断に行って参りました。

病院の方々に本山まで出張していただいて、宗局事務所に

特設病室をつくり、体重、身長、視力、血液検査等を

していただきました。

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そのあと、肺のレントゲンを撮る車に移動。

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最後に待っていたのは、あの恐怖のバリウムを飲む胃の検査。

発砲剤とバリウムを飲んで、検査ブースに入った途端、

思わずゲップが・・・。すかさず、検査員の方から

「ゲップをしなでくだい!」とおこられてしまいました。

カプセルのような中を指示に従って、体を横に縦に逆さまに。

バリウムが胃の中をくまなく移動している感じです。

下剤の薬を渡されて終了。

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「バリウム」順番待ちです。

そうです、お坊さんも健康診断するんです!




念を斬る!

6月2日(木)その2


 管長様が先日の攝心で提唱されたことをまとめてみました。


 こんな剣の話があります。ある武士が真剣勝負を挑まれました。

真剣の果たし合いは、申し込まれたら断ったらいけないんだそうです。

それも相手は相当な剣の使い手、逆に自分は剣の覚え無し。

とうていかなわないが、しかし、せめて武士として立派にうち果てたい

と思って剣の達人に相談した。「自分の剣はほとんど素人であるが、

真剣勝負をしなければならない。死ぬことは覺悟をしています。

立派に武士らしく最期を全うできる方法を教えてください。」

 達人曰く「あなたに死ぬ気があるのならば、勝つことはできないが

相打ちならできる。それは、真剣勝負の立ち会いの時、あなたは

刀をぬいて大上段に頭の上に振りかざして、目を閉じろ!そして、

自分の全神経を集中させなさい。相手の殺気を感じたら、自分の

体に冷たい感覚を感じたら、その殺気がやってきた方向に向かって

刀を振り下ろせ!」

 自分の体に刀が入った瞬間、つまり斬られる瞬間が相手が一番

無防備になる時なのだそうだ。刀が自分の肉体に入る瞬間というのは

痛いというよりは、ヒヤッとするのだそうだ。それを感じた瞬間、

刀を振り下ろせば自分も死ぬけれど、相手も倒れるのだ。

 いよいよ、本当の立ち会いの時、刀を大上段にふりかざし集中していると

相手は相当な剣の達人であったが、とうとう打ち込むことができなかった。

 死ぬ気で、捨て身で全神経を集中させたなら、打ち込む隙などなくなって

しまう。このことは、我々の坐禅の呼吸も同じです。数息観(自分の呼吸を

一つ二つ・・・と間断なく数えていく呼吸法)をそのくらい真剣にやらなくては

いけない。ぼやっと居眠りはんぶん、雑念、妄想しながら坐っていたのでは

いくら長時間してもなにもならない。一念が湧いた瞬間、「この刀」を

振り下ろす!ちらっと眠気が起こったら、これを断ち切る!

 ちらっとでも一念が起きたなら、その瞬間のうちに呼吸を数えて

それをたたっ切る!そういう覚悟でやっていかないとなかなか

三昧とか正念相続にはならない。

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6月の掲示板

 6月2日(木)


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 管長様揮毫、坂村真民さんの詩です。

本当の安心とは

6月1日(水)

 
 管長様が淡青会坐禅会で提唱されたことをまとめてみました。


 自分の安心を得たい、これでいいという安心を得たいとみんな

思うが、しかし、この安心を得たいという気持ちこそ自分の心を

かき乱す大きな原因であります。これがあれば安心というものを

得たい、今現実の迷い、苦しみがきれいに片付いて本当に安心したい

と思いがちだけれど、そんなものは妄想、絵そらごとにしかすぎません。

 坐禅をすると全く悩みなく毎日が安心して暮らせるなんて虫の良い話は

決してありはしない。生きていくということは、迷い、苦しみを避けることが

できないものであります。むしろ迷い苦しみそれらを全部ひっくるめて、それを

そのまましっかり受け止めて生きていくしかそれ以外にありません。

 これがあれば絶対安心なんてものはあろうはずがないのであります。

それがどういうわけか、なんかをを買えば「安心」できますとか、

なんかの祈祷を受ければ「安心」を得られますとか人の弱みにつけ込む

どうしようもないやからがいますが、そんな虫のいい話はありません。

 生きている限り悩み苦しみはある、生身のからだを持っている限り

病気にもなるし、具合も悪くなる、足も痛くなる。

 大事なことは、それらを全部避けることなく冷静にしっかり受け止めて

それでも自分はこうして今生きている!こんななりでも、どうにか自分は

生きている!これ以上尊いものはない!と受け止めて、一日一日一時一時

今目の前にある一つ一つのことを大切に生きていくしか私達の道はない。

 その積み重ねが強いていえば、最期に「ああ!これで安らかであった!」

と思えるのではないでしょうか。

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