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三老師合斎会の偈

 5月31日(火)

管長様が儀式の中でお唱えになった偈頌(宗旨をあらわした漢詩)です。


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 五十年兼(と)三十三年

 三翁 此の日 清談を弄す

 合斎 謂うこと莫れ ひん菜の乏しきを

 雨後の青山 藍よりも青し


 恐れながら、意訳してみました。

 (今日は、記念すべき円覚寺歴代の三老師の五十回忌と三十三回忌の日。

 三老師が壇上に3人並んでいっしょにお話をされているようだ。#

 お供えするお膳がお粗末だなんていいなさんな。

 台風一過、晴天に映える緑の山々の美しさが何よりのご馳走だ。)

 #昨日の頂相の写真をご覧下さい。



 

 




 






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三老師合斎会宿忌

 5月30日(月)


 今日は、先日紹介した「三老師合斎会」の宿忌(前夜祭のようなもの)に

行って参りました。朝から円覚寺派、または円覚寺僧堂出身の和尚さんや

雲水さんと準備をし、午後3時から佛殿で宿忌でした。

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ちょうど、晴れ間が見えてきました。

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本尊様の宝冠釈迦如来の前に幕をたらして、三老師の頂相(漢詩の讃がついた

肖像画)の掛け軸を飾っています。

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左から朝比奈宗源老師、古川堯道老師、松尾太年老師です。

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「楞厳呪」というお経を奉読。

明日は、大勢の和尚さんが集まる斎会当日となります。

午前十一時、佛殿です。





正受老人とオオカミ

 5月27日(金)


 管長様が先日の僧堂攝心で提唱されたことをまとめてみました。

白隠禅師の師、正受老人が住んでいた飯山の村である一人の者が

オオカミの子どもを拾ってきて飼っていたが、それが自分の犬に

かみ殺されてしまった。それからというもの、夜になるとオオカミが

群れをなして村におりてきては、子どもを殺された復讐か、家の

垣根を破り、壁をうがち人間の子どもまで殺す事態になってしまった。

人々は、大いにおそれ憂えて、夕方になると門を閉ざして外に出ない。

 そんな中、当時60歳くらいの正受老人は、その話を聞いて、オオカミが

多く出没する墓地で、七日七晩明け方まで夜を徹して坐禅をしました。

 のちに正受老人が人々に語ったことによると、夜中に坐禅をしていると、

オオカミが老人ののどの辺りをクンクン、耳の辺りに息を吹きかける。

老人は「この時こそ、わが正念工夫相続を試みるための絶好の機会なり!」

と坐禅をした。もし、一念たりといえども「恐ろしい」「怖い」息を

吹きかけられて「いやだな」という思いが起きていたら、オオカミは

のど元を食いちぎっていただろう。七日間夜坐り抜いて、オオカミは

とうとう村におりてこなくなりました。

 それでは、何ものがオオカミをこさせないようにしたのでしょうか?

中国のある禪僧のお話があります。ある雲水がその禪僧に「老師には

侍者(お付きの者)はいませんか?」と尋ねた。そうすると、その禪僧は

「だいくう!しょうくう!」と呼んだ。すると2匹の虎があらわれた。

雲水は「あなたはどうしてこんな虎を侍者につかうことができるのですか?」と

訊いた。禪僧は「私は常に観音様を念じているからだ。」と答えた。

 観音様は慈悲の心で人々はもちろん、人ばかりではないあらゆるものを

いくつしみ、救っていこうというとなさる。動物であろうが、オオカミであろうが

一切の差別をせず、常にこの慈悲の心、それ以外の念を起こしていない。

この慈悲の一念になりきっているところ、それ以外の余念を一切

まじえないところには、どんなオオカミも手を出すことができないのだ!


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 正受老人がオオカミに囲まれて坐禅をしている姿。


 

炊きだしボランティアその2

 5月25日(水)その2


 気仙沼をあとにして、午後3時過ぎに仙台の避難所に到着。

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 市民センターの施設で、ちょうど「家庭科室」のような部屋もあり、

そこでネギをきざんだり、うどんをゆがく準備をしました。

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避難所の方は60名位だそうですが、100食分のうどんを用意しました。

湯がいたうどんをお椀に入れて、お好みでカレーかお肉を上にのせます。

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6時半から、こちらに順番に並んでいただいて、うどん玉をお椀にいれて、

カレーやお肉をうえにのせて持って行っていただきました。

片付け、掃除をして8時頃になり終了しました。


 何ができるわけでもなく、かえって足手まといになって

しまったかもしれませんが、本当に貴重な経験をさせて

いただきました。やはり、実際に現場に行っていろんなことを感じ、

いろいろと考えさせられました。お世話になった方々、

本当に有り難うございました。

 






炊きだしボランティアその1

 5月25日(水)


 仙台に炊きだしのボランティアに行ってきました。

建長寺派の和尚さんが中心となって有志の和尚さん方が参加されました。

24日晩に仙台の避難所の方にカレーうどんと肉うどんをお出しすることになりました。

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23日、埼玉の建長寺派のお寺で、カレーを作り、お肉を煮て、あとは

うどんにかければ良いところまで準備して、夕方仙台に出発。

24日、午前中、別のワゴンに満載して持ってきた救援物資を

気仙沼の妙心寺派のお寺に運びました。

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 到着すると、地震津波に被災した本堂から魚鱗の音が響いて

法要中でした。この本堂も天井まで津波が押し寄せてがれきが

残ったそうですが、それを撤去して法要ができるまでになったそうです。

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本堂の右手は震災前は住宅地が広がっていたそうですが、津波に流され

海が見えていました。

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この地区では、200名以上の方が津波でお亡くなりになったそうです。

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鐘楼は土台だけ残り大きな鐘も流されたそうです。

 まだ「復興」は始まったばかりで、これから継続的な

支援が必要なことが痛感されます。







 

























人はみな仏である

5月22日(日)その2


 先日紹介した朝比奈宗源老師33回忌にあたりまして、

白隠禅師坐禅和讃の提唱と一転語が収録された本が出版されました。

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春秋社からで管長様があとがきを書かれています。


(後記) 明日から、2泊3日で仙台に炊き出しボランティアに

行って参ります。円覚寺からは3人が参加し、建長寺派等の

和尚様の炊き出しのお手伝いをさせていただく予定です。

正受老人崇行録提唱その2

 5月22日(日)


 管長様が僧堂攝心で提唱されたことをまとめてみました。


 (正受老人というのは、白隠禅師の師であります。)

「正受三昧(しょうじゅざんまい)」という言葉があります。

どんなものでも、ありのままに受け入れていくことです。

(私達が生きていく人生で)何が起こっても、どういうものが

あらわれても、払いのけたり、さけようとしたりせず、

そのまま、受け入れていくのが三昧であります。

正受老人は、それを自分の名前と致しました。


 人間が迷うのは、この一念であります。みなさん方の悩み

苦しみの元は、「あいつが悪い!」「あそこにある!」

「会社が悪い!」といろいろあると言われますが、

(結局は)みんな自分の一念に苦しめられている。

「あの人が悪い!」のではなく、悪いと思う(自分の)一念が

自分自身を苦しめている。「あいつがいやだ!」という自分の

一念が自分を苦しめているのだ。そんな一念は、お釈迦様の言葉で

いえばそれはまさしく「無常」であり「無我」であります。

 禅語で言えば、「紅爐上(こうろじょう)一点の雪」といいます。

真っ赤に燃えている炭の囲炉裏の所に、一点の雪が落ちる。

一瞬にしてじゅっ!と消える。一念なんて、一瞬にして消えて

なくなる、泡、陽炎のごとく、その程度のものにすぎない。

 ただ、それにとらわれ、実在と思いこみ思い煩うことによって

自分で迷いを作り出すのだ。

 一念の正体をみたら、「紅爐上一点雪」!

なんにもありはしない!

 正受老人の修行は「正念相続」

自己本来の心、常に観音様の心を見失わない。

一念に惑わされない。雑念、妄想を払いのけ、切り捨てて、

自己本来の心、観音様はなるほどここにござったわい!と

気づいてください。





 

土曜坐禅会

5月21日(土)その2


午後から、土曜坐禅会に行って参りました。


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 初心者の部47名、二部54名と100名近くの方が居士林の坐禅に

いらっしゃいました。窓から見える新緑もきれい、気候もちょうどよく

坐禅には一番良いときですね。




正受老人崇行録提唱

 5月21日(土)


 管長様が僧堂攝心で提唱されたことをまとめてみました。


自己本来の観音様とは何であるか?それは、仏心と言ってもいい。

観音経には、どんな火の中であっても、観音様は救ってくださる。

どんな水の中であっておぼれても、救ってくださる。

盗賊にあって危険にさらされても、救ってくださるとある。

 読みようによっては、一見何とも自分たちの勝手な願いを

かなえてくれる現世利益的なお経のように思われがちですが、

それは、本当は、観音様の何としてでも苦しんでいる人を

救っていきたい心の表れであります。

 わが子が火の中にあれば、火の中へ入って救ってあげたいのが

親の心であります。わが子が水の中でおぼれていたら、水の中へ

入って救う。わが子が災難にあっていれば、自分がどんな目に遭おうとも

救いたいと思うのが親の心であります。

 そんな親の慈悲の心、深いいくつしみと思いやりの心、

人々の悩み苦しむ姿を見て、自分はどうなっても救って

あげたいと思うのが、観音様の心です。私達誰もが

生まれながらに持っている仏心であります。

 せっかくもって生まれた観音様の心を私達は自分の

様々な妄想、貪りによって覆い隠してしまっています。

 妄想、分別を断って自分の中の観音様の心に目覚めるのが

坐禅の修行であります。




三老師報恩大攝心

 5月19日(木)


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 明日、5月20日から26日まで僧堂では、「三老師報恩大攝心」が始まります。

5月30、31日に円覚寺の歴代の管長様、古川堯道老師50遠年諱、

朝比奈別峰老師33回忌、松尾太年老師33回忌の合斎会が行われます。

それにあたって、今回の攝心は、それらの老師方のご恩に少しでも報いようと

坐禅修行に専念する攝心となります。攝心とは、心を攝(おさ)めること。

普段、雲水は日中、作務(畑仕事や薪割りなど)、托鉢などをしていますが、

この期間は、僧堂にこもって、坐禅に専念します。

 管長様は、雲水とともに朝晩禅堂に詰め、摂心中毎日の提唱してくださいます。

本当に有り難いことです。

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暑からず、寒からず有り難い時季です。

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ブレーキの喩え

 5月17日(火)


 先日の企業の方向け坐禅会の提唱の続きです。

管長様が何のために坐禅をするのかをわかりやすく提唱されていました

ので、紹介します。

「たいがいのほとんどの病というのは、これは考えすぎることから起こる。

いろんなことを考え、思い煩う。これによって、人間はもう自分で自分の

首をしめることをやりかねない。確かに、考えることは大事で、すばらしい

道具の一つではあるが、考えすぎるとろくな事はない。

 坐禅は少し考えすぎているときに、考えを少しとめること。

その手段として、腰をたてて、そしておへその下、おなかに自分の重心を

おいて、肩の力を抜いて、静かに呼吸をする。ほんの一時でも、坐禅の要領は

  過ぎたことは、気にしない!

  これから起こることも、気にしない!

 この二つなんです。過ぎたことは、まあいいや!。これ以上思っても、

どうしようもない。これから起こるであろう事も、まあどうにかなるだろう!と

気にしない。そして、今の一時、今自分が生きていることがすばらしいことに

気がつくことであります。

 そうは言いましたが、この坐禅会終わって仕事に戻ったときには、一生懸命

考えてください。(そうしないと、仕事になりませんから)

 けれども、(仕事が終わって)おうちに帰って、お休みをするときなどは、

どこかで(考えを)断ち切ることのできる力を持ってもらいたい。それは、

ジョギングでもなんでもいいんです。考えを断ち切るときには、考えを断ち切ることが

できるように。

 車が走るには、やっぱりブレーキが必要です。それでは、ブレーキは

何のためにありますか? 私は、よく走るためにあると言いたい。

よくブレーキがきけば、安心して走ることができるわけであります。

しっかりブレーキがきくということがわかっていれば、安心してスピードが

出せます。考えることにひとつブレーキをかける。よくきくブレーキをかける

手段方法をみにつけておくことが大切だ。

 すんだことは、まあいいさ!

 これからのことは、どうにかなるさ!

今の一時をしっかり見つめよう!坐ろう!生きよう!

そんな気持ちで坐るのが、坐禅であります。

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「どじょう居士」坐像。












 

 



仏光録提唱

 5月16日(月)


 本日は、東慶寺で行われた「鎌倉の禪を学ぶ会」(鎌禪会)に

行って参りました。今回が、記念すべき第一回目ということで、

建長寺、円覚寺総勢50名弱の和尚さん、雲水が集まりました。

管長様をお招きして「仏光録」(円覚寺開山無学祖元禅師の語録)を

提唱していただきました。

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これは、ご存じ、円覚寺の入場券(拝観券)の拡大コピーです。

これも、仏光録の中にあり管長様が非常にわかりやすく意訳してくださいました。

「私時宗は禪の教えに長年心を留めてきた。禪寺を建て、禪僧を安居させてきた。

 私時宗が常に思うことは、木にはその根があり、水の流れには必ずその源がある

 ということだ。そこで、禪の根源の地である宋の国から優れた禪僧を招いて、

 この禪の教えを更に広めるよう手助けしたいと思い、ここに詮英の二人の

 禪僧を遣わせる。大海原の荒波を恐れることなく、優れた禪僧を招いて

 日本国に帰ってくることを願うばかりである。不一。

 弘安元年戌寅十二月二十三日  時宗和南

 詮蔵主禅師

 英典座禅師」

 と書かれています。時宗公が宋の国に優れた禪僧を求めて、二人の僧を

 遣わせた由が書かれています。

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会場の東慶寺さんです。

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山法師、きれいですね。

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講中齋法話

 5月15日(日)その2


 管長様が講中齋で法話されたことをまとめてみました。

災難、事故はいっけん不幸に思えるが、そこから何を学ぶのかが大切。

単に打つひしがれ、悲しみ、悲惨になるだけではなく、

そこから、何を学ぶか?

 多くの人は、今回の大震災で気づかされたことの一番は、

今生きていること、生かされていることの尊さ、ありがたさだ。

 去年、「ありがたい 何はともあれ 生かされている」という

標語を作りましたが、今こうして生きていることは、決して

当たり前ではないのだ。たくさんの偶然が重なって、むしろ

奇跡的であるのだ。

 
 お釈迦様の教えは、人は誰しも生まれながらに仏様の心を持っている!

みんな誰しも仏の心を持って生まれてきたのだ!その仏様の心というのは、

慈悲の心、人を思いやる心です。さらに、仏様の教えというのは、無常であることを

しっかり見つめて、そこから本当の心の安らぎを得なさいということであります。

 今回の震災で、私達は無常であることをまのあたりに見せつけられました。

いつ亡くなるかわからない中をお互いが生きていると気づいたときに、

初めて、まわりの人に本当に思いやりの心をはたらいていくことができる。

それが、お釈迦様がお説きになった心であります。

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講中齋の風景

 5月15日(日)


 今日は、先日紹介した僧堂「講中齋」のお手伝いに行って参りました。

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11時  出齊  (御斎をお出しすること、お食事をお出しすることです。)

1時   法話  (青松老大師とは、横田南嶺管長様のことです。)

2時   法要  (大施餓鬼法要です。)

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多くのお膳が準備されています。

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本日の献立は、グリンピースご飯、けんちん汁、切り干し大根、おひたし、ごまどうふ、

がんも、通称「供養切り」と呼ぶ僧堂で漬けたたくあんです。基本的に手作りです。

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昨日、大きな釜で数時間練りに練り上げたごま豆腐、「カット」の瞬間です。

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グリンピースご飯、おいしそうに炊けていますね。

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けんちん汁、昨日から仕込んでいます!

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大方丈などで、300人近くのお膳をお出しします。










   


坐禅会提唱

 5月14日(土)


 管長様が企業の坐禅会で提唱されたことをまとめてみました。

(今週、管長様は、円覚寺派の被災寺院のお見舞いに行って参りました。)


 茨城県下のあるお寺に行ったら、ほとんどのお墓が倒壊、ひっくり返っている。

ずっと見ているといくつか倒れていないお墓がある。一列全部倒れているものが、

多い中で、全く倒れていないものが、一つ二つある。

 不思議にそれを眺めていると、そこに案内してくれた和尚さんが、

「倒れなくって、残っているお墓を作った石屋は、全部同じ石屋です。

 そして、それは地元の長年この寺に出入りしている石屋です。」

 といわれた。

  仕事は、おそろしいものだなと痛感した。

 何でもないときに、立派に石を積み上げることは、どこの業者でもできるが、

 あれだけの地震に倒れないで立っていることはすごいことだ。

  なぜ、地元の長年出入りしている石屋さんのお墓は、倒れなかったのか?

 それは、その石屋さんがその土地の地盤をよく知っていたからだ。

 この土地は、ゆるい地盤とよくわかっているから、それに耐えられるように

 基礎からきちんと作っていたのだ。土地が弱いと知っていることが、

 一番大事なことであるわけであります。

  人の心もそうであります。大切なことは、やはり人間の弱さ、もろさを

 知ることだ。お釈迦様は、それを無常であることを知るべしと言われています。

 一瞬先はどうなるのかわからない、みんな無常であることを知ることが大切だ。

  剣の修行の話に、10年修行をやると、自分の強さを知る。さらに

 10年やると、相手の強さを知る。さらに、10年修行を積むと、

 自分の弱さがわかってくる。おそらく、自分の弱さがわかったとき、

 初めて「達人」となるのだ。そして、負けなくなる。

  自分の強さだけわかっているのが、一番あぶない。

 人間の弱さ、、もろさを知ると自然と他者に対するいくつしみ、

 思いやりの心が湧いてくる。大自然を前にしてもろく、はかないと

 痛感したとき、まわりの人とお互い助け合いながら、思いやりながら、

 暮らしていくことが大切だと身にしみてわかる。


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 5月13日(金)


 居士林と選仏場の間の龍隠庵への小道です。

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つきあたりで、ふと見上げると・・・

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ちょうど、居士林の屋根の左上の位置に、野生の藤でしょうか、

大きな木いっぱいにからみ、紫の美しい花を垂らしてしていました。

(写真では、よく写らなかったのですが、ぜひ肉眼でご覧になって下さい。)

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野生の力強さを感じさせてくれます。


(伝言板)
    
    Kさんへ・・・いつも、みなさんにお知らせいただき有り難う

           ございます。



講中齋

 5月12日(木)


 5月15日(日)は、円覚寺僧堂(専門修行道場)主催の行事、

「講中齋」(こうちゅうさい)が行われます。講中齋といいますのは、

普段、僧堂を支援してくださっている方をお招きして、「出斎」(しゅっさい)

といってお食事を出したり、管長様の法話やお施餓鬼などの法要を行います。

いわば、年一回、お世話になっている方へのご恩返しの会です。


 「日供」(にっく)・・・毎月初旬に雲水がご自宅にお経を上げに参ります。

            もともとは、お米など毎日少しずつためておいたものを

            供養するということらしいです。

「点心」(てんじん)・・・托鉢等で近くを回らせていただいた場合、お昼ご飯を

             供養していただけるところ。

「休息」・・・托鉢等で近くを回らせていただいた場合、休息をさせて

       いただけるところ。

 
  など様々なかたちでご支援をいただいて僧堂は成り立っています。

 今の制度は、明治期の初代管長様が、修行の糧を「日供」等のご供養に

 よって支援していただく目的で設立されたものだそうです。

  
  みなさんのあたたかいご支援によって「修行をさせていただいている」

 ことを感謝せずにはおれません。


 (伝言板)

盛岡のMさんへ・・・ コメント、ありがとうございました。

            励ましのお言葉をいただいてうれしい限りです。

新潟のTさんへ ・・・都合が合いましたら、夏期講座の時に

           お会いしましょう。


 


  




休会のお知らせ

 5月9日(月) その3


 今週末の土日坐禅会は、僧堂・講中齋のため休会となります。

なお、土曜坐禅会は通常通り行います。

 宜しくお願い致します。

 

ふうりんつつじ

 5月9日(月) その2

 黄梅院の一番奥の観音堂、向かって左奥に海会塔があります。

その近くにさらさどうだんつつじ(灯台躑躅、ふうりんつつじとも呼ばれる)

が咲いていると庭のお手入れに来てくださっている方が教えてくれました。

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まるで、シャンデリアのようですね。(コメントをご覧下さい。「ときたまさん」が詳しい名前の由来をよせて

くれました。ありがとうございました。)

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毎年同じ場所同じ季節にさいているはずなのに・・・

教えていただいて、初めてこの花の存在に気づきました。

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自然って、不思議です!

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感動的ですね!






麦を踏むように

  5月9日(月)


 先日、円覚寺山内の龍隠庵での開眼供養の法要に

 たまたま、随喜させていただきました。

 龍隠庵の裏の崖沿いの階段を上って、見晴らしの良い場所に

 その石像仏が安置されていました。その前には祭壇が用意され、

 前管長様が導師で法要がはじまりました。観音経を奉誦致しました。

 法要終わり、階段を下っていくと、前管長様が僧堂知客さんと私に

 次のことをおっしゃいました。

 「いいか、お経を読むときはな、麦を踏むように読むんだよ。

 若い君らにはそんな経験がないかもしれないが、麦を踏むようにな。

 あまり、はりあげたり、抑揚をつけたりしたらいかん。

 じっくり、ゆったり、一歩一歩踏みしめるようにな。

 結局、それが一番聞いてる人の心を落ち着かせるのだよ。」


  有り難いお言葉を頂戴致しました。

僧堂にいると一所懸命、精一杯、声を出してお経を読みます。

 しかし、ある程度年を経たら、そればかりでは足りません。

 いろいろと工夫をして、聞く人をいやせるようなお経を

 あげることができるようになりたいものです。

 
 


 

 

 

 

 

 

5月 日曜説教会

 5月8日(日)


 本日の日曜説教会は、「延命十句観音経」の提唱です。

来場の方にまず、管長様がお書きになった観音様の絵とお経が

印刷された紙が配られました。

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そして、非常にわかりやすく、かつ奥の深い意訳をお話し下さいました。


「観世音 南無仏」

 観音様に呼びかけて、仏様をより所と致します。

 私の心にある仏様をより所と致します。

「与仏有因」

 私達は仏様と同じ原因、仏様と同じ心をもって生まれて

 きております。

 「与仏有縁」

 仏様の教えにふれるご縁をいただいております。

 「仏法僧縁」

 仏様と仏様の教えとこうして仏様の教えを学ぶ仲間によって

  「常」

 いつもかれることのない真心と

  「樂」
 
 何をしても楽しい思いやりの心と

  「我」

 人の為に尽くすことの出来る本当の自分に巡り会い

  「浄」

 この世の中で清らかな心の教えにふれることができます。

  「朝念観世音 暮念観世音」

 朝な夕なに観音様を念じ

  「念念従心起」

 何をしていても、観音様の心、慈悲の心、思いやりの心から

 行動を起こしていきます。

  「念念不離心」

 そしていつも観音様の心から離れることはありません。

 いつも私達は観音様といっしょであります。


  そして、説教会が終わったあと、管長様がお書きになった観音様の

 色紙がみなさんに配られました。

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 みなさん、たいへん喜ばれていました。


  






炊き出しボランティア

 5月7日(土)


 昨日、福島県いわき市の避難所に炊き出しのボランティアに行っていた

雲水さんが無事に鎌倉に帰山しました。その様子を聞いてみました。


 今回、事前に先遣の雲水さんが現地の方とよく話し合い、打ち合わせをして

何が必要かを確認した上での現地入りとなりました。南相馬市からいわき市の

公民館に避難している方とお手伝いの方を合わせた約100名分の

昼ご飯を用意したそうです。わかめご飯、けんちん汁、がんもと僧堂で漬けた

梅干しとたくあんをお出ししました。いわきに出発する前日から、滞りなく

食事を提供できるように具材を煮たり、味付けしたりと準備をしたそうです。

 三浦での托鉢で供養された大根で漬けたたくあんと円覚寺内の梅を漬けた

梅干しは、特に好評ですぐになくなってしまったそうです。

 お年寄りの方からは「私は、こういうものが食べたかった。」と感謝の言葉を

多くいただいたそうです。こういう「家庭料理」のようなものがやはり、喜ばれるのかも

しれません。

 炊き出しが終わって、作務着に絡子を着けて、避難所の皆さんの前でお経を

読んだそうです。管長様からお預かりしてきた観音様の絵と延命十区観音経が

書かれた色紙を本尊様にして、延命十句観音経をお唱えしました。涙を流して

喜んでくださった方も多くいたそうです。

 また、ご自分が被災されているにもかかわらず、雲水さんがわざわざ来てくれた

ことを感謝して夕食をごちそうしてくれた方もいたそうです。地震で、「お皿が割れてしまって、

そろっていなくて・・・」という状況の中で、あたたかいおもてなしをしていただいたとの

ことです。

 現地に行かれた雲水さんの感想です。

「炊き出しをしてみて、修行の意味がわかった。毎日我々がやっていること、

ご飯を炊いたり、お味噌汁を作ったり、野菜をきざんだり、お経をお唱えしたりと、

そういうことがいざという時に人のお役に立つことができるのだと実感した。」

 現地のボランティアの方がおっしゃっていたそうです。

現地のボランティアの方や避難所の人々とよく話し合い、意思の疎通を

親密にすることで信頼関係が生まれたこと、またお経を読むなど

したことで、ただの「炊き出し」だけでなく、お坊さんらしい

心のこもった支援になったのではないかとのことです。


雲水さん、本当にお疲れ様でした。

 また、被災者の方が一日も早く「復興」できますように

お祈り申し上げます。

(後記)

   明日は、管長様のご提唱が拝聴できる日曜説教会です。

   場所は大方丈、時間は9時からです。






 



舎利殿全景

 5月6日(金)


 今日は、舎利殿周辺の全景を撮るために円覚寺山内如意庵さんに

お邪魔しました。

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山門前です。なにやら、玄関先に屏風が見えます。

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一瞬、金屏風に書かれた絵かと思いましたが・・・

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なんと、本物でした!実に芸術的というか、さすがです。

日本の文化の奥深さを感じます。

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とことこと階段を上り、舎利殿と対面の位置にある場所で撮影。

鎌倉のお寺の特徴の一つとして、山に囲まれていることがあげられます。


(後記) 

   昨日で、舎利殿特別公開は終了しました。たくさんの方の

  ご来山、誠にありがとうございました。

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柵がおろされ、修行道場は、元の静けさに。











無門関40則その2

 5月5日(木)


 昨日管長様が提唱されたことの続きです。


 「典座」というご飯を炊くのも立派な修行で一生懸命やっています。

せっかく、自分らでご飯をつくるだけではなく、こういう時代ですから、

みなさんの為にお役にたったらどうかと(雲水に)被災地でボランティアを

やってもらっている。ここんとこ交代で雲水が避難所に炊き出しに行く。

今日もこれからいわきの方へ行きます。

 勝手に行くのではなく、事前に現地の人と打ち合わせて、100人位の

ご飯を用意してくれとのこと。100人分をいっぺんに炊き出しをしてくださいとの

要請。(僧堂の雲水は)5月の講中斎という行事で300人位のご飯、おつゆ、おかずを

作ってお出しするので、大きな鍋でも全部そろっています。プロパンガス、大きな業務用コンロ

もありますから、それらを車につんで出発するようです。

 いろんなところで何が役に立つのかわかりません。

(後記)

   今日は、管長様と自坊のお葬式に行って参りました。

 葬儀場の待合室に入ると、部屋の隅に荷物置き場でしょうか、畳が2枚敷いてありました。

もちろん、座る椅子と机は用意されていたのですが、なんと管長様は式が始まる直前まで

その畳の上で足を組み静かに坐禅をなさっていました。

坐禅というものは、時間場所を選ばずにいつでもどこでもできるものだと

実感いたした次第です。









無門関40則

  5月4日(水)


 管長様が淡青会坐禅会で提唱されたことをまとめてみました。


 禪の修行は、あんまり難しいことを学んだり考えたりするより、

単純に生きるということ。

 生きるということは、やはり毎日食べること、寝ること。

生きるというと何でもないと思われがちだが、本当に大切なことだ。

 臨済語録に「飢え来たれば飯を喫し 困じ来たれば眠る」とある。

おなかがすいたら、ご飯を食べ、くたびれたら、眠る。

禪の教えはこれにつきる。そういうと、大勢の人は何だその程度かと

思うかもしれないが、必ず知る人ぞ知る。

 生きるということは、本当に自分たちでつくるものを用意して、

自分たちでそれを食べる。疲れるまで働いて、疲れたらグッスリ眠る。

これが本当にできたら、それ以上のものはない!

 

隠寮のぼたん

 5月3日(火)


 管長様のお住まいは、「隠寮」(いんりょう)とよばれ、

舎利殿がある僧堂(専門修行道場)の敷地内にあります。

そこには、毎年この時期にぼたんが大きな花を咲かせます。

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 このぼたんを背景に管長様は、「新到」(しんとう)とよばれる

今年の4月に僧堂に入ってきた新人雲水と記念写真をとるのが、

毎年の恒例となっています。


国宝舎利殿特別公開

 5月2日(月)


 5月1日より5日まで国宝舎利殿が特別に一般公開されます。

普段は、修行道場として使われているため、一般の方の入場は

できませんが、この期間だけ特別に舎利殿の近くまで行き

お参りすることができます。

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入り口です。

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門を入って右手に御朱印の受け付けと「円覚寺オリジナルグッズ」を

販売しているテントがあります。

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和尚さんが心をこめて御朱印を書いています。

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こんな近くでお参りできます。

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舎利殿から入り口の門に向かっての風景。

 時間は8:00~16:00です。

通常の総門入り口で拝観料をお納めいただいた方なら

ご自由に入れます。









5月の掲示板

 5月1日(日)

管長様の揮毫。坂村真民さんの詩です。

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<お知らせ>

 5月1日から5日まで、国宝舎利殿が特別に一般公開されます。

8:00~16:00です。

 
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