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四十九日追善供養法要

 4月28日(木)

 
 本日は、円覚寺仏殿での「東日本大震災追悼法要」に参加して

参りました。

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 はじめに、管長さまが偈(漢詩)をお唱えになります。

「乾坤(けんこん)震裂(しんれつ)す 大災殃(だいさいおう)

 波襲い 家流れて 實(まこと)に傷むべし

 専ら願うところは 海安らかに 人亦穏やかならんことを

 恭しく焼(た)く 追善一爐(ついぜんいちろ)の香(こう)

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 観音経普門品世尊偈を奉誦。

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 終わって、参列者の方の焼香です。

大震災で犠牲になられた方に心よりご冥福をお祈り申し上げます。


(後記)恐れながら、管長様の偈を意訳してみました。

 「天地が裂けんばかりにゆれて 人々は大惨事に見舞われてしまった。

  大津波が家々をのみこんでいく姿をみると 本当に心が張り裂けそうだった。

  あれから四十九日。今はただただ、海が安らかで、被災された人の心も亦

  穏やかになること祈らずにはいられない。

  祈りを込めながらこの一弁のお香をたく。」
















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救援托鉢の風景

 4月27日(水)


 本日は、午前中、建長寺・円覚寺合同「東日本大震災救援托鉢」に

参加して来ました。

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 9時に建長寺に集合。佛殿に向かって般若心経を読誦。

そして、記念撮影。建長寺・円覚寺両山の管長様をはじめ、雲水さんと

有志の和尚さん方です。

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 撮影終わって、托鉢の班の割り当て。管長様が引き手(先導者)の班など、

いくつかの班に分かれます。

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いよいよ、出発です。

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一軒一軒の家の前で、「本日は、円覚寺僧堂より東日本大震災救援托鉢に参りまして~。」

「衆生無辺誓願度 煩悩無尽誓願断 法門無量誓願学 仏道無上誓願成」を3回

お唱えします。

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ご寄付を看板袋に入れていただくと「願わくはこの功徳をもって、遍く一切に及ぼし

我らと衆生とみなともに仏道を成ぜんことを~。」とお唱えします。

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9時過ぎに托鉢を始めて、11時半にみな無事に円覚寺に帰って

参りました。いろいろとご支援いただき、誠に有り難うございました。

被災者の方が一日でも早く「復興」できますように心よりお祈り申し上げます。


















追悼法要のお知らせ

 4月24日(日)


 来週4月28日(木)は、大震災から「四十九日」となります。

円覚寺では、佛殿におきまして、「東日本大震災追悼法要」を

午前11:30から行います。

 「祈りの輪」が少しでも大きくなりますように、

みなさんお誘い合わせの上ご参加くださいますように

お願い致します。






救援托鉢のお知らせ

 4月22日(金) その2


 来週 4月27日(水)に建長寺・円覚寺合同で

東日本大震災追悼救援托鉢を行います。

 午前9時建長寺に集合し、托鉢コースは、建長寺を起点に

建長寺は鎌倉方面へ、円覚寺は大船方面へ托鉢をしていきます。

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網代笠(あじろがさ)と「円覚僧堂」または「建長僧堂」と書かれた

看板袋(かんばんぶくろ)をさげた雲水、和尚さんが参ります。

 ご寄付を希望される方は、看板袋を差し出しますのでその中に

お入れ下さい。

僧堂攝心3日目

4月22日(金)


 老師が僧堂攝心で提唱されたことをまとめてみました。


 坐禅の要領は、まず第一に腰骨をたてること。

おしりを後ろにつきだして、その上にぐっと腰骨をつきだすように

たてる。肩、胸の上体の力を抜いて、おへその下に力がおさまるようにし、

下腹部、おなかに力を入れる。

 次に呼吸を見つめる。

1から10まで無心に自分の呼吸を数える「数息観」が基本。

全身の意識を呼吸に集中する。あごをひきつけて、奥歯をかみしめて、

目を一点に見据える。ただ、ぼやっと漫然としてるのではいけない。

明確に意識しながら、自分の呼吸の様子を冷静に観察する。

自分の考えや思いをひと摘むいでく。

あたかも外の景色を静かに眺めるがごとく

冷静に淡々と見つめること。


 これが、小さな自分という者に対する思いこみやとらわれから
 
離れていく訓練の第一歩だ。

雨安居開講

 4月20日(水)


 本日から、僧堂では、雨安居(夏安居)攝心(集中修行期間)の始まりです。

4月は20日から26日までです。

 雨安居開講にあたって、管長様の偈です。

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 少室峰前(しょうしつほうぜん) 積雪多し

 神光(しんこう) 臂を断つ 志(ここらざし)如何(いかん)

 言うこと莫れ 隻履(せきり)西に帰り去ると

 須く心源(しんげん)を究めて 達磨に見(まみ)ゆべし


  老師が提唱されたことを抜粋してみました。

「大震災で未だに行方不明のままの方も大勢あり、避難所で不自由な暮らしを

される方も多くある中で、こうして衣食住保証されて、坐禅修行できることが

いかに有り難いことか、とりわけ身にしみています。

このたびの大震災が我が国にもたらす影響は計り知れないものがあります。

地震津波もさることながら、日々報道される度に悪くなる原発事故の影響も

はかりしれません。今後エネルギーの問題、環境の問題どれだけの大きな事に

なるのか不安はいまださめません。

 そういう中、我々仏教者の真価もこれから問われていくことになります。

すでに一部ではかなり仏教者に対する批判の声も聞かれているようです。

お寺はなにもしないという批判です。

 もちろん芸能人のような目立った活動が出来るわけではありません。

あの震災までは、葬式不要なる書物が話題になっていました。

しかし、今度の震災で、何のお弔いもされずに大きな穴を掘って、

埋葬される様子を新聞などで見て、誰もこれでよいとは思いはしません。

せめてお経をあげてもらいたいというのが偽らざる心情です。

葬式坊さんというと批判されますが、まずお亡くなりになった所に

出向いて、心を込めてお経をあげられる、そして親身になって

お弔いしてあげられる、こんな事がいかに大切なことか改めて

考えさせられました。

 どうか、頼りとされる和尚になって、あの和尚さんにお経を

あげてもらいたいと言われるように、まずここでしっかり肚に

力を入れて坐って、お経の声が人の心にしみいるように、

苦労して修行してもらいますようお願いします。」


(後記)恐れながら、 偈を意訳してみました。

 「ダルマさんが住んでいる山は、深い雪に覆われてきた。

 そこに、ダルマさんに弟子入りを切に願う神光さんは、

 `不退転`の志を示して、自分の臂を断ちなさった。

 ダルマさんが草履を片手にもって西(インド)へ帰って

 しまって、もう会えないなんていいなさんな。

 おのおのが自分の心を掘り下げて、

 自分の中にダルマさん(仏の心)があったと気づけ!」
 


 




碧巌録55則

 4月17日(日)


 老師が土日坐禅会で提唱されたことをまとめてみました。


 新聞に新井満さんの「祈り」という記事がありました。

大震災起こって間もない頃、新聞社が新井さんに被災者の

励ましになるような詩をつくってくださいと頼まれたそうです。

 それに対して新井さんは、「被災者は、今悲しみのどん底にいる。

私にはかける言葉はありません。詩は無力です。私にできることは、

彼らと手を取り合って泣くことだけです。」と静かにたしなめられた

そうです。

 それから1ヶ月たって、4月11日電話をかけると、新井さんは「今朝詩が

できました。」とおっしゃいました。

 「そろそろ、言葉の力が必要な時期がやってくるのではないかと

思っていた。一番苦しい時に人の心を癒すのは、大自然の美しさと

その感動ではないか。だからこそ、^希望^という心のパン、

詩は命を救う心のパンである。」


 「雲の上の青い空」(新井満さん作)


 苦しいとき 悲しいとき  

 あまりにつらくてくじけそうになったとき

 ぼくは ふと立ち止まり 空を見上げる

 そして 灰色の雲の上にひろがる真っ青な空を思う

 ゆうゆうとふきわたる風を思う  

 4月11日


佛殿一般公開開始

 4月15日(金)


 本日から佛殿が中まで入ることができるようになりました。

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 入り口は、正面両脇です。

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 坐る場所もございます。ただし、他の参拝者もいらっしゃいますから、

くれぐれも、お静かに。

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近くで仏様を見上げると、包み込まれるようなとても慈悲深いお顔を

していらっしゃるのが実感されます。

追善供養

 4月14日(木)


 今日は、山内雲頂庵内の望岳殿に於いて行われた

東日本大震災横死者追善供養に出席して参りました。

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望岳殿は、富士山を望む場所にあることからその名がつけられ、

国宝舎利殿と同型の建物です。

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管長様ご入場。

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 まず、偈(漢詩)をお唱えになりました、

「波襲い 家流れて 天地驚く

 被災横死 常情を絶す

 香(こう)を拈じて 唯 観音力を念ずれば

 望岳殿中 泰平を祈る」

 そして、僧堂雲水と観音経世尊偈と

 延命十句観音経を読誦してご回向を

 致しました。

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 桜がきれいですね。南無観世音菩薩!

みなさんが「泰平」になりますように。




 




4月 日曜説教

 4月10日(日)

 老師が日曜説教で提唱されたことをまとめてみました。


 震災で亡くなった方の無念を思うとはかりしれないものが

あります。もちろんお経を読んだり、供養のための儀式も

ありましょうけれど、私達にできることは、祈祷もそうでありましょうが、

めいめいが本来生まれ持っている仏心、仏様の心に目覚めて

生きていくことではないでしょうか。

 本当に今こうしてあることをありがたいと思い

どんなささいなことでももったいないと感謝して

お互いが思いやりの心を持って生きていく。

 仏心、仏様の心に目覚めていきていくことが

あれだけ多くの亡くなった方に対する何よりの

供養ではないかとそう痛切に感じております。


(お知らせ)

 明日、鶴岡八幡宮舞殿において14時半から、

鶴岡八幡宮、鎌倉市仏教会、キリスト教諸教会、

合同の東日本大震災追善供養、復興祈願祭が

行われます。どなたでもご参加いただけます。


降誕会

 4月8日(金)


 本日はお釈迦様がお生まれになった日「降誕会」です。

佛殿での儀式に出席して参りました。

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 降誕会のために作られた管長さまの偈(漢詩)です。


 海裂け 山崩れ 天地昏(くら)し

 災難 横死 更に言(ことば)無し

 而今(いま)唯(ただ)世界穏やかならんことを願い

 一杓(いっしゃく)の香湯(こうとう)浣盆(かんぼん)に澆ぐ


起句承句では、東日本大震災の大惨事のことを、

転句結句では、みんなが平穏無事になることを切に

願いつつ、お盆の中に立っているお釈迦様のお像に

杓で甘茶を澆ぐことをうたわれています。


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この杓で浣盆の中に入っている甘茶を

お釈迦様のお像に澆ぎます。

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こんなところに・・・

 4月7日(木)

 こんなところに仏様が・・・

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 居士林の井戸端でした。

仏様はいろいろな姿に形を変えて、どんな時でも

私達を見守ってくれているのでしょう。


被災された方のために

 4月5日(火)


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 この色紙は、福島、茨城などの被災された円覚寺派のお寺の方のために、

管長さまが一枚一枚お書きになり、配られたものです。

 「延命十句観音経」というお経が書かれています。

管長さまの部屋には、たくさんの観音様の色紙が置かれていました。

願いをこめて、毎日お書きになっているようです。

 
 本当に一刻も早く事態が収拾し、良くなることを願わざるには

いられません。




 


碧巌録54則

4月3日(日)


 老師が土日坐禅会で提唱されたことをまとめてみました。


坂村真民さんの詩に

 「あとから来る者のために

苦労をするのだ 我慢をするのだ

田を耕し 種を用意しておくのだ

 あとから来る者のために

山を川を海をきれいにしておくのだ

 ああ あとから来る者のために

みな それぞれの力をかたむけるのだ

 ああ かわいいもののために

未来を受け継ぐもののために

みな それぞれ自分でできる何かを

していくのだ。」


 原発事故のことは、東電が悪い、政府が悪いで

すまされる話ではない。私達自身が本当に智慧が足りなかったのだ。

「原因」と「結果」、自分が普段何気なく使っている明かりのもとが

どういうところからきているのか?どういう危険をはらんでいるのか?

知らずに過ごしていた。そして、いつの間にかどんどん電気を使う暮らしに

なってしまっていた。

 その結果、なんと言うことか海を汚し大地をけがしてしまった。

なんと智慧がなく、なんと慈悲のないことをしてしまったことかと

痛切に反省させられます。


 せめて今からでも あとから来る者のために

海や山をきれいに残していくために


 私達は もう一度何が必要であるのか?

どういう判断をしなければならないのか?

どういう暮らしをしていかねばならないのか?

本当に考えていかねばならない。




 



 
 
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