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3月21日

本日の提唱(碧巌録43則洞山無寒暑)【頌】

垂手還って万仞の崖に同じ
老師は、この禅語について説明された。

優しく手をさしのべることも、厳しく接することも、同じ慈悲の働き
しかし、そこに作為があってはいけない。
この按排は、よほど修行しないとわかるものではないが、これがなければ今日の禅はなかった。

一遍上人
捨て果てて身はなきものと思えども、雪の降る日は 寒くこそあれ
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提唱

3月20日

 本日の提唱は、無門関第14則南泉斬猫。

老師が、提唱されたことを、私なりにまとめてみました。

「争い」の原因は、猫にあらず。人にあり。

争いは、人の是非を分別する心にあり。

南泉和尚は、その是非分別する心を、「斬」ったのだ。

頭上に草履をのせて、出て行った趙州のはたらきは、

是非分別を超えて、遊び心を持って悠々と生きている様。

結局、人は大自然から生まれて、大自然に帰る。

自然の摂理に従って、何のはからいもなく悠々と生きるのみ。

3月13日(土)

 本日の提唱は、第13則徳山托鉢。

老大師が語られたことを、私なりにまとめてみました。

登場人物の一人雪峰は、長年典座(炊事係)をして、隠徳を積んだ方。

禅門において、典座は、修行の進んだ方が、務めるもの。

それは、そうでない人がやると、ものを粗末にしてしまうから。

ものを大事にする人は、命を大事にする人。

 さて、次は、徳山和尚。昔は、たいそう厳しいお人で、

「道(い)い得るも、三十棒、道(い)い得ざるも、三十棒」と

修行者が、答えようが、答えまいが、棒でたたいたようなような方。

この公案は、そんな厳しかった徳山和尚の晩年の境界の話。

若い頃は、厳しい修行に自己を忘れるくらい打ち込んでやったあとは、

晩年は、禅も仏教もない平々凡々の境地におなりになった。

うまくとぼけるのも、お手のもの。

そんな、徳山和尚の高い心境を提唱されました。




3月6日(土)~8日(月)   

平成22年春季学生摂心が行われた。

6日午後5時に集合。受付開始。皆さん緊張の面持ち。

男性36名、女性15名。ちなみに、この人数が居士林のキャパシティーの限界です。

7時過ぎ、老師の御垂示(有り難いお言葉)

  「摂心」とは、心を攝(おさ)めること。
  
   腰を立てて座ることなどを話された。

翌7日朝4時起床 朝課(読経) 坐禅(男性は、居士林。女性は、選仏場)

6時過ぎ 粥座(竈に薪をくべて作ったお粥を作法に則って頂く)

9時 老師の提唱

 今回は、「菩薩願行文」のお話

    ただ努力をするだけではなく、「智慧」が必要。
  
    正しい方向に向かって、努力をするためには、

    「智慧」を身につけなければならない。等話された。

終わって、齋座(お昼ご飯)・・・メニューは、ご飯と野菜たっぷりの味噌汁、たくあん

午後は、黄梅院にて、老師もおいでになり、延命十句観音経を読経する。

晩は、仏殿にて、坐禅。

 8日(月)の老師の提唱 昨日に引き続き「菩薩願行文」

 私なりに要約をしてみますと、

    修行をして無心になると、慈悲の心に気付く。

    慈悲の心が自然と湧いてくる。

    死刑囚の歌人島秋人さんは、死という現実に直面することによって、

    期せずして、慈悲の心に気付かれた。

    その歌は、どれも慈愛に満ちたものだ。

    絞首刑になる直前の最後の言葉も慈しみにあふれている。

    そういう、慈悲の心に気付けるように我々も努力をしよう。

 終わって、総茶礼(解散式のようなもの)・・・参加者の方一人一人、感想を述べていく。

 老師が、最後のお話の中で、皆さんの座禅会に対する意見要望を遠慮せずに

 言ってくださいと強調していました。

  
       


     
 




 

3月3日

 
 本日は、淡青会座禅会。無門関提唱第二十六則 二僧巻簾。

老師曰わく、

ひとは、何にもないところから生まれて、何にもないところの

帰る。そこには、得たの失ったのとそんなものはない。

良いも悪いもない。どんな境遇になろうが、その場その時を
     、
精一杯、なりっきって、生きること。

そう生きることに、善悪はなく、それぞれ、それぞれが、絶対。

そして、もとは何にもないと思えば、何でも有り難くなる。と。

死刑囚の歌人の方の歌を紹介されながら、説明された。

その短歌は、島秋人さんの作品です。

しみじみと 生きていることの 味わいに 春陽あふるる 獄庭(にわ)に佇ちたり

身に持てるもの みな神に還すもの 生命(いのち)ひとつは 愛(かな)しかれども

差し入れの 上等弁当 食(は)みをはる うまかりし笑(え)み ふたに写りて


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