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墨跡

9月11日(水)


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 横田南嶺管長揮毫。「葉葉(ようよう)清風を起こす」

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「主人公」

● 無門関12則より

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 「此の深心(じんしん)を将って塵刹(じんせつ)に奉(ぶ)す、

 是れ則ち名づけて仏恩(ぶっとん)に報ずと為す。」

●深心・・・ひたすら仏道を求めようとする心。深く仏に帰依(きえ)する心。

●塵刹・・・塵のように無数にある世界。煩悩に苦しむ人々が住む世界。

●奉す・・・奉仕する、つつしんでお仕えする。

●仏恩・・・仏の恵み。仏の慈悲の恩。

<意訳してみました。>

 どこまでも人の為に尽くしていこうという願いを持って

それぞれがそれぞれの暮らしの中で精一杯生きること。

 それこそ、こうしていのちをいただいて、今まで様々な

ものに助けられて生かされてきたことに対する、

何よりの恩返しである。


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「忍」の一字

1月5日(土)


 明日の晩、僧堂(専門修行道場)では、鏡開きとなります。

お供えした鏡餅を割って、お汁粉を作って雲水さん達が食べます。

(円覚僧堂だけの習慣かもしれませんが)この時にあみだくじを

作ってそれを引いていき、1等から最下位までの順位を決めて

管長様に書いていただいた色紙など景品(もちろん1等が一番豪華!)

をもらっていきます。そして、最下位のくじをひいてしまった人が

お汁粉を作ってみんなに振る舞います。

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これが、今年、管長様が鏡開きの為に揮毫された色紙の

何枚かです。

「忍を懐きて慈を行ぜば、世世怨みなし。

中心は恬然(てんぜん)なり、終に害毒なし。」

{しのぶ心を持っていくつしみの行いをすれば、ずっと

怨まれることはない。心はやすらかで、けっして悪影響を

与えることはない。}

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「忍の徳たるや、持戒苦行も及ぶこと能わざる所なり。」

{戒律をかたく守ることや体を痛めて苦行をすることばかり

が修行なのではない、本当の修行は、理不尽なことがあろうが

何があろうが耐え忍ぶということだ。}

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「世は恃(たの)む所無し、唯だ忍のみ恃むべし」

{人生、にっちもさっちもいかなくなって、

何をしようとしても出口が見つからず行き詰まって

しまうこともあろう。その時は、ただ、じっと耐え忍ぶことだ。

そうすれば、きっと状況は、変わって来るものだ。}

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「忍は大舟たり、もって難きを渡るべし。」

{耐え忍ぶことは、タンカーのような大きな船のようなもの。

どんな荒れた大海原も渡っていくことができる。}

(後記)

 管長様の雲水さんへの思いの込められた言葉の数々ですね。




秋の嵐の中で

11月17日(土)


 今日の土曜坐禅会は、激しい風雨の中にかかわらず初心者の部、

2部ともに30数名の方々が参加されました。本当に足下の悪い中、

居士林にお出でいただき、誠に有り難うございました。

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管長様揮毫。

 今日の風雨で、円覚寺山内は、いたるところ、まさに「落葉多」

の状態です。明日は早朝から、土日坐禅会に参加している居士も、

管長様をはじめ雲水さんといっしょに山内掃除(境内掃除)と

なりそうです。



釈迦像

2月16日(木)


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お釈迦様の坐像です。

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青い頭髪をしておられます。

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蓮華坐の下に「豊年謹書」と書かれています。

梅寒苦を経て・・・

2月10日(金)


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 朝比奈宗源老師のお師匠さんである古川堯道老師の

梅図です。

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「梅、寒苦を経て香し

  人、辛苦を喫して貴し」

 米寿叟 堯道

無事

1月5日(木)


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管長様揮毫。円相・「無事」・「青松」(管長様の軒号)と

書かれています。

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「花は無心にして蝶を招き、

(蝶は無心にして花を尋ぬ)」

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「渓声は便ち是れ広長舌、

山色豈に清浄身に非ざらんや。

夜来八万四千の偈

他日如何が人に挙似せん。」

(後記)

 おかげさまで、お正月の行事も無事に一段落

 しました。ホッと一息しています。

 有り難うございました。

  さて、平成24年度春季学生坐禅会の日程が

 3月2(金)3(土)4日(日)になる予定です。正式に

 決まりましたら、改めてお知らせします。

達磨図

12月25日(日)その2


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 午後、隠寮にお伺いするとたくさんの墨跡が置かれていました。

管長様が末寺の方の為に揮毫されたものだそうです。

畳一畳くらいの大きさの紙にこの達磨です。

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それにしてもいいお顔をなされていますね。

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こちらも畳一畳くらいの大きさの紙に「酬恩(しゅうおん)」と書かれています。
 
 恩に酬(むく)いることです。仏様、仏祖の恩に少しでも酬いることのできるように

生きましょうということでしょうか。

 大きな字は大きな力を感じさせてくれます。管長様の大力量がこちらに

ひしひしと伝わって来ます。

海晏河清(かいあんかせい)

12月6日(火)


 朝、隠寮にお伺いすると、管長様は来年の干支・辰の色紙を

書いておられました。

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 すらすらと龍の絵を描き、「海晏河清」の文字を揮毫されている

のを目の前で見ていると、まるで職人さんが一つ一つ丁寧にかつ手際よく

作品を作るようでした。短い時間で数枚が仕上がっていました。


 「海晏河清」は、海やすらかに河きよらかにの意味です。

今年の大震災での津波の被害に遭われ方々のことを思うと

来年が平穏無事であることを切に願わざるを得ません。

月落ちて天を離れず

11月24日(木)


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昨日、ご紹介した禅語の色紙を管長様からいただきました。

「月離れて天を離れず」は

「水流元入海(水流れて元海に入り )

 月落不離天(月落ちて天を離れず)」という禅語の後半の

 言葉です。


 それぞれの川が最後は海に流れいるように、人もそれぞれの

人生を歩んでいきますが、行き着くところはみんな同じ所に帰って行く

という意味でしょうか。深い深い言葉です。


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紅葉(黄葉?)したマンサクを背景にした侘助です。<黄梅院>

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それにしても、今日は、風が強いですね。

至誠(しせい)息(や)むこと無し

11月7日(月)その2


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向かって右から「至誠無息」{至誠息(や)むこと無し}と書かれています。

円覚寺212世・堯道慧訓老師が揮毫されました。<黄梅院>

 
 至誠(まごころ)には休息が無く、その働きは永遠であり、至大の

ものであるという意味です。

 
 「中庸」という儒教の聖典の言葉ですが、仏教では「至誠」を「仏心」と

呼んでいます。


 堯道老師の法を継がれた朝比奈宗源老師は「仏心」を説かれました。

○「誰にも生き通しの大生命が具わっている。」

○「お釈迦様のお悟りの当体、即ち、今あなた方がそこで聞いている

 心の根本は、仏心です。それには生き死にはない。仏心は永遠に

 生き通しである。仏心には罪や汚れというものがない。だから仏心は

 いつでも浄らかであり、静かであり、安らかである。お互いの心の大本は

 そうだというのです。」

○「人間はこの素晴らしい仏心の中に生まれ、仏心の中に育ち、住み

 仏心の中で息を引き取る。生まれる前も仏心、生きている間も仏心、

 死後も仏心。仏心とは一秒時も離れないのです。

○戦争直後の戦死者や戦災で亡くなった人たちの遺族に向けて

「人間は因縁によって、どこでどういう死に方をするかもしれない、たとえ、

シベリアや満州で凍え死んでも、南の海に沈んで死んでも、仏心から見れば

仏心の真只中である。必ず仏心にかえって智慧と慈悲の塊りの尊い仏様に

なるんだ。地獄なんか断じて行かない。」

 





此の身再び得ず

10月28日(金)


 昨日、午前中、黄梅院にローカルテレビの取材が来ました。「寺宝」という

ことで管長様に相談したら、「表信」の掛け軸がいいだろうということで

それを紹介させていただきました。

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「表信」円覚寺197世東海禅師 揮毫。

信を表すとは、「この衣は、信を表す。」という言葉が由来です。仏法の信実を

伝えた証拠として、師匠から弟子にその象徴としての衣や袈裟などを伝える習慣が

あります。実際に伝法の証となる袈裟が円覚寺開山無学祖元禅師が

中国・径山寺から持参し、黄梅院開山夢窓国師を経て、現在に至るまで脈々と

伝えられています。

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黄梅院の山号は、「伝衣(でんね)」で衣を伝えると書きます。

仏法の信実の象徴である衣を伝えること。仏様の教えを後世まで

お伝えすることであります。

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こちらの扁額は、円覚寺202世洪川(こうせん)老師 揮毫です。

「天地に万古(ばんこ)あるも、此の身再び得ず。

人生只だ百年、此の日最も過ぎ易し。」

出典は、<菜根譚>です。

 この宇宙は永遠不滅であるけれども、このいただいた自分の

命は限りがあり、この人生はたった一回切りのかけがえのない

ものである。宇宙の時間から比べれば、一瞬のように短いこの

人生、だからこそ一日一日を大切に生きていこう!

 かなり意訳してしまいましたが、本当に含蓄のある心に

響く言葉です。

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夕日に映える秋明菊。きれいですね。
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